2023-01-01から1年間の記事一覧

「ポグロム」というもの

「これはポグロムの、“けしかけ”じゃないか。なんで、誰ひとり、このことを言わないのか。」 1972年、テレビ中継を見ていた中野重治がこう思った。 テレビは番組を変更して、長時間にわたって実況中継した。事件は浅間山荘事件、「連合赤軍」を名乗る者たち…

住井すゑ「牛久沼のほとり」から  3

住井すゑ「牛久沼のほとり」は、元京都府知事を七期務めた蜷川虎三氏の、胸に迫る葬送を書いている。 1981年2月27日、蜷川氏は84歳で亡くなった。住井すゑはテレビで訃報を知り、胸がいっぱいになった。アナウンサーが伝えた。 「胸に憲法一冊を抱いて、柩…

住井すゑ「牛久沼のほとり」から  2

椎(しい)の花 散るべくなりて 降りしげく 雨といえども 牛たがやせり すゑに届いた知人からの手紙に書き添えられていた、60歳の農夫の会心の一首。 住井すゑは、この歌にはすぐれた季節感があり、時間に制約される農業のきびしさが映し出されていると思う…

住井すゑ「牛久沼のほとり」から

平和の鐘、堀金公園 住井すゑの随筆「牛久沼のほとり」に、「ざんこく」という一文がある。昭和19年、戦時中のことである。 タケちゃんは13歳、ポリオのために障害児になり、学校へは行けなかった。ある日、タケちゃんが「ウサギを飼いたい」と母に言った。…

田部重治の紀行文

前穂高岳 北尾根(息子の拓也撮影) 田部重治の紀行文。 大正14年の上高地は秘境だった。 「上高地の美は、雨によってことに発揮される。 雨の上高地は、翠緑の渓谷をにわかに黄金のいろどりに変ぜしめる。どういうふうにこの渓の物象が移り変わっていくか、…

山の声、山の香り

1941年(昭和16)、浦松佐美太郎は、「たった一人の山」を著した。 「雨の激しい日、山へ行く人の通らない小屋は、さびしく取り残されている。囲炉裏に薪をくべて、イワナの焼ける匂いを嗅いでいるのも楽しい。窓のすき間を通して、冷え冷えとした山の空気が…

穂高星夜

大学山岳部のときも社会人になってからも、山のパートナーは北山君だった。ぼくより一年上、彼はもうこの世にいない。二人で登攀した数々の山がよみがえる。 学生の時、北さんが「穂高星夜」という本を貸してくれたことがあった。大正14年の版、著者は書上(…

息子が穂高に登ってきた

息子が兵庫から夜行バスで上高地にやってきて、松本に住んでいるオジャ君と二人で奥穂高岳に登ってきた。 梅雨の晴れ間の快晴に恵まれ、涸沢カールのヒュッテ前のキャンプサイトにテントを張り、ザイテングラードと呼ばれる岩稜の登山道を登らず、残雪の多い…

滅びゆくもの

こんな文章が、林望さんの「幻の旅」という本にある。林望さんは、イギリスの旅や日本の旅を、エッセイにつづった。 ◇ ◇ ◇ ‥‥ Gさんは都立高校の国語の先生で、東京に住んでいたが、心筋梗塞で手術を受け、それ以来郷里に帰って、寺の住職になった。 レンゲ…

ボブディラン「風に吹かれて」

ボブディランの「風に吹かれて」を聴きたくなった。 しみじみと切ない思いで、歌を聴いた。 世界のあっちでもこっちでも、殺し合いが起きている。奪い合いが起きている。 ぼくは今、緑の野の風を感じている。 人間という生き物を想いながら、ボブディランの…

ダウン症の子の優しさ

灰谷健次郎が、正村公宏夫妻著「ダウン症の子を持って」を読んだ時の感動を書いていた。ずいぶん前の著書だけれど、その中の一文をここに書く。 「私(妻)が居間で本を読んでいると、彼(ダウン症の子)の部屋から、すすり泣きの声が聞こえてきました。初め…

沖縄『慰霊の日』に思う池澤夏樹

「沖縄『慰霊の日』に思う」(朝日新聞)、今朝のインタビュー記事は、池澤夏樹だった。久方ぶりの池澤の声が聞こえるようだ。記事の中にこんな文章があった。 「『ヤギと少年、洞窟の中へ』という絵本をきょう、出します。戦後まもなく、ある少年が飼っている…

新任教員の退職

新任教員の退職が増えているそうだ。長時間勤務や新任を支援する態勢が不十分で、精神疾患という退職理由も目立つという。東京では、公立学校の新任教員2429人のうち108人が一年で教員を辞めたと、今朝の朝日新聞のトップ記事に出ていた。 私もかつて教員を…

「田舎の四季」という歌

野を見回すと、水田の間に麦畑もある。麦は茶色に稔っている。昔から麦畑にはヒバリが巣をつくった。ところが今、ヒバリの姿がない。以前は今頃、麦畑から揚げ雲雀がさえずりながら、空にのぼっていたのに、ああ、この頃、ヒバリの声も聴かない。さらにツバ…

大自然の中に眠りたい

この地域の人たちも高齢化している。昨日もご近所の高齢の婦人二人が入院したという知らせを聞いた。16年前、この地にぼくらが引っ越してきてから、四人が亡くなられた。ぼくらもいずれ、その日がやってくる。 かつて灰谷健次郎が、「蒙古高原にねむる友」…

野のベンチ

見渡す限り輝く緑 大地から噴き出す緑。 「野のベンチ」の横に、もう一本、ムクゲを植える。 ツルハシを持っていって、植え穴を掘り、 背丈近くまで生長していたムクゲを 手押し車に乗せて運び、 穴に土付きの根っこを入れた。 周囲の土をかぶせて、足で軽く…

予兆

戦争が廊下の奥に立っていた 渡辺白泉 この俳句に出会ったとき、戦慄が走った。俳句はぼくの心をとらえ、ぼくの心はしんしんとあの時代の闇に沈んでいくような気がした。 中国への侵略戦争が激化し、戦火が拡大していた。 昭和14年、白泉の家の薄暗い廊下の…

生命の爆発

次の室生犀星の詩三篇、味わってみたい。 五月 悲しめるもののために みどり かがやく くるしみ 生きむとするもののために ああ みどりは輝く 苗 なたまめの苗 きうりの苗 いんげん さやまめの苗 わが友よ あの あわれ深い呼びようをして ことし また苗売り…

永井荷風「花火」

「明治44年、慶応義塾に通勤する頃、わたしはその道すがら、市ヶ谷の通りで、囚人馬車が5、6台も日比谷の裁判所の方へ走っていくのを見た。わたしはこれまで見聞した世上の事件で、この折ほど言うに言われぬ、いやな心持のしたことはなかった。わたしは文…

大逆事件を告発した詩人たち

大逆事件は、無実の罪で24名が死刑に処された明治時代の大事件。 詩人佐藤春夫は明治44年、同郷の医師が、でっち上げられた罪で処刑されたことを哀しみ、皮肉と怒りを秘めて、慟哭の詩を詠んだ。 愚者の死 1911年1月23日 大石誠之助は殺されたり げに厳粛な…

モーツァルトの音楽 2

石井誠士(哲学者)の「モーツァルト 愛と創造」から。 「モーツァルトは絶えず旅をし、世界に自分を投げ出し、異質なものとぶつかりあった。モーツァルトほど、いろんな作曲家から多くのことを学んだ人がいるだろうか。彼は学ぶことの天才であった。真に創造…

モーツァルトを聴く

この頃モーツァルトをよく聴いている。 小林秀雄の、こんな文章に出会った。 「五月の朝、ぼくは友人の家で、ひとりでレコードをかけ、モーツァルトのケッヘル593を聴いていた。夜来の豪雨は上がっていたが、空には黒い雲が走り、灰色の海は一面に三角波をつ…

日本という国

司馬遼太郎は1945年、23歳の兵士であったが、特殊潜航艇による海の特攻で命を失う寸前、敗戦になって生き伸び、作家となった。戦後41年の1986年、司馬は「この国のかたち」というエッセイを「文芸春秋」に連載開始する。 エッセイの中で、司馬は予言的なこと…

五月の歌

昨日はカッコー、今朝はヨシキリの鳴き声が野に響いていた。 今日も快晴、朝5時過ぎからウォーキングに出る。ストックをついて、ゆるやかな坂を上っていく。 柴犬のカイトを連れた望月のおばちゃんが、雪を残した常念岳を背後に道を下りてきた。 「カイトよ…

日本はどう動いているのか

高賛侑君から、東京新聞の記事のコピーが送られてきた。前川喜平さんのコラム記事だ。入管難民法改正案が連休明けにでも、国会で可決される。難民申請をしている外国人の強制送還を可能にする法案だ。日本人の人権意識の欠落を前川さんが訴えている。 高君は…

大鹿村へ、歌舞伎の郷は五月晴れ

三日、南信濃の大鹿村へ、洋子と二人、早朝5時から車を走らせて行った。国の重要無形民俗文化財、大鹿歌舞伎を観るために。 中央道を走り、松川インターで出て、南アルプスを前方に、大鹿村をめざす。快晴、新緑がむんむんと香りたち、日に輝く。道は次第に…

日本が戦争をしたことを知らない人

半藤一利さんが嘆いた、「日本が戦争をしたことを知らない人が、今の日本にはいっぱいいる」という言葉、それをどう理解したらいいか。ほんとうに知らないのだろうか。 アジア太平洋戦争の体験は今も日本人の記憶の中に残っているはず、高齢者には戦争体験者…

ヘルマン・ヘッセ ――危機の詩人

ヘルマン・ヘッセの生存中、何度も会いに行き、ヘッセ研究に生涯を打ち込んだ高橋健二は、1974年、「ヘルマン・ヘッセ ――危機の詩人」を著した。 「第二次世界大戦が起こる十余年前に、『次の戦争』を準備しつつある人間の精神錯乱を見抜いて、時代の狂気と…

半藤一利最期の書「戦争というもの」

歴史探偵と呼ばれた半藤一利さん、最期の書「戦争というもの」を2021年5月に出版、そして永眠、91歳だった。 彼の最期の著作、「戦争というもの」の序文にこんな一節がある。 「いまの日本では、日本がアメリカと3年8カ月にわたる大戦争をしたことを知らない…

ヴェ―ユの戦争観

シモーヌ・ヴェ―ユというフランス人女性の思想家がいた。 ヴェ―ユの戦争観に注目し、高く評価したのは吉本隆明だった。ヴェ―ユの考えとは? 第一次世界大戦で敗れたドイツは飢餓と貧困に陥り、ドイツ労働者の運動が台頭してくる。そこへヒトラーのナチスが拡…