2014-08-01から1ヶ月間の記事一覧

 古き友

マルちゃんから昨年、思いもかけず便りがあり、彼女は51年前の中学校の音楽の先生ハギさん、すなわちぼくの同僚だったハギさんの今を知らせてくれた。ハギさんは癌をわずらって入院している、手紙からはぜひそれをぼくに伝えねばならないという心づかいが…

 恐ろしい住環境

ぼくが、安曇野だけでなく、日本の多くの街や村の景観が、魅力的でなく、美しいとも感じなくなったのは、建てられる個々の家どうしに調和、ハーモニーがなく、ばらばらになったことと、周囲に自然や樹林を残さず、あるいはつくらず、自然に溶け込んだ家の景…

 福島での子どもの甲状腺ガン

(「安曇野ひかりプロジェクト」福島の子どもキャンプで) 福島での子どもの甲状腺ガンが増えているという調査結果が出た。その結果について、NHKテレビニュースで医師がコメントしている。 「原発事故が原因であるとは考えられない」。 福島県はこう言う。…

 ヘッセ、放浪する人<4> 「戦争と平和」

ゲーテ像 ウィーン ヘッセはまた「戦争と平和」について書いている。「戦争と平和」のテーマは、人類の歴史が始まって以来つづく永遠のテーマ。原始の時代は、わが家族、わが部族を守るために、生き延びるために戦争があった。しかし、近代現代になるにつれ…

 ヘッセ、放浪する人<3> 「おお、友よ、その調子をやめよ!」――第一次世界大戦開戦にあたっての訴え

第一次世界大戦においても、第二次世界大戦でも、ヘッセは反戦・平和主義を貫いた。 ヘッセは1877年、南ドイツのモミの森に沿って流れるナゴルルト川の近くの村で生まれた。詩的性情が強く典型的なドイツ人の住むシュワーベンだった。祖母はフランス系スイス…

 生活圏のなかの森と川のもたらすもの

23日の土曜日夕方、地球宿で「福島の親子保養ステイ」の報告会があった。20人ほどの人たちが集まり、「どあい冒険くらぶ」大浜隊長が、写真をスクリーンに映写して、キャンプの様子を説明した。それに続いてみんなで輪になり、「安曇野地球宿」の望三郎…

ムクゲの花、クヌギの苗木

窓を開けると、ヤマボウシの枝の下に一むら、ピンクのムクゲの花が咲いている。 玄関を開け放つと、そこにもピンクのムクゲの花が開いている。 ムクゲは毎日何本かの小枝に、 1個ないし2個の花を咲かせる。 どの小枝の先端にもつぼみを3個から5個つけて。ぼ…

 広島市の土砂災害に見る都市計画

広島で起こっている同時多発土砂水害の空中写真を見て、唖然とした。 被害状況にも驚愕するが、もう一つ、土砂災害を受けた地域を見て驚く。谷間はびっしりと民家が埋めつくしているではないか。山の麓、山林と住宅地区との境に全くすき間もない。山へと這い…

 ヘッセ、放浪する人<2> 「木」

写真「安曇野地球宿」 今年は、第一次世界大戦(1914-1918)が勃発して100年になる。この戦争による戦死者、戦傷者は、2500万〜4500万人であるという。「すべての戦争を終わらせるための戦争」と言われた戦争だそうだが、その後も戦争は絶えることなく続いて…

 ヘッセ、放浪する人

詩人で小説家であったドイツのヘルマン・ヘッセ(1877―1962)は、1919年、南スイスに住んで、「放浪」という著作を刊行した。第一次世界大戦という苛酷な戦争体験のなかから、「文明と自己とを徹底的に批判し、ゼロから再出発しようと、厳しい孤独と耐乏生活…

 遊びに遊んだ福島の子どもたち

今日、福島の子どもたちは原発事故の放射能汚染のつづく福島へ帰っていった。 16日、一行はやってきた。「安曇野地球宿」へ、親と子、祖父母と孫、16人。いちばん小さい子は小学2年生、大きい子は中学2年生。 昨年一昨年より少し数が減った。 あいにくの天候…

 歴史認識(2)

<16日から福島の子ども保養ステイ、キャンプが始まった> 神山は東京を経って4日目、南樺太北部にあったシスカ(敷香)の測候所に着く。1945年、戦争末期である。 オホーツク海は冷え冷えと濁り、怒号している。「神よ、何故われわれを創造し給えるやと絶望…

 歴史認識(1)

日本人の歴史認識の欠如やゆがみが厳しく問われる事態に至っている。歴史教育は具体的な事実を知ることから、学びを始める必要がある。こんな事例がある。「森の不思議」(神山恵三 岩波新書)である。 神山恵三(1917〜1988)が28歳のとき、中央気象台に勤…

 孫たちと暮らすお盆

お盆に二家族の孫たちが帰ってきて、朝の散歩は、ランを連れて、3人の孫と出かける。来年小学生に上がる女の子、ホノちゃんとアーちゃん二人と、小学2年生のセイちゃん男の子。 セイちゃんは朝5時に眼を覚まして、出かけるのを待っている。 散歩途中で秀武さ…

 兵隊になったお坊さん

応召 山之口 獏 こんな夜ふけに 誰が来て ノックするのかと思ったが これはいかにも この世の姿 すっかり柿色になりすまして すぐにたたねばならぬと言う すぐにたたねばならぬと言う この世の姿の 柿色である おもえばそれはあたふたと いつもの衣を脱ぎ捨…

 言葉の起爆力と伝承力

じゃがいもの収穫 正之さんから送られてきた文章がぼくの心をひいた。正之さんは小説を書いてきた。それはひたすら自己自身の人生と人間と生き方を熟視熟考するものだった。それゆえ作品はおのずからなる孤高の価値をはらんでいる。だが、今の社会で世に出る…

 一つの方向へ

1944年、昭和19年、ぼくは国民学校1年生だった。 図画工作の時間、ぼくの隣に座っている男の子は、飛行機の絵を描いていた。担任の小西先生は、机の間を回って、みんなの描いている絵を見ていたが、隣の男の子のところに来て足を止め、その絵を見た。 「加…

 ムクゲ

どこからどうして種がやってきたのか、庭にムクゲの木が生え、 それが増えた。 昨年、なんとなくその花を眺めていたら、 花の色が異なっている。 赤花もある、白花もある、真ん中が赤く周りが白いのもある。 今年、異なる色の花が咲くだろうと予測して、玄関…

 「ウィーンの森」

図書館で蝶ヶ岳関係の本を書棚で探していて、一冊の本が目に留まった。「ウィーンの森 ――自然・文化・歴史―」、アントン・リーダーというウィーン在住の、オーストリア連邦森林庁に勤務する農学博士の著書だった。戸口日出夫訳、日本人に向けて書かれていた…

 蝶ヶ岳への道

常念岳頂上で、昨年夏 「大滝山がいいよ」 望君からそんなメールが来たのは、この夏、ぼくが息子と蝶ヶ岳に登ってくるかという計画を彼が聞いたからだった。登山には圭君も加わって、3人で登ることになっているが、望君がどうして大滝山を勧めるのか直接聞…

 福島から子どもたちがやってくる

もうすぐ福島の親子がやってくる。8月16日、何組、何人がやってくるだろう。 受け入れる企画を立て推進していく核メンバーの人たちは、それぞれ自分の仕事もあって忙しい。どあい冒険クラブの大浜夫妻は、今も地元の子どもや、県外からの子どもを受け入れて…

 海三郎君が来た

チロルの山で おととい土曜日の午後、海三郎君が来た。春に来る予定だったが、この季節になった。 中学校のとき彼は学校新聞部員であり登山部員だった。ぼくはその両方の顧問をしていた。 同じ新聞部員だったマルちゃんから突然手紙があったのは去年だった。…

 「ムラ社会」 <2>

昨夜、8人で話し合った。この国の、この地方自治体の、どこまでも続く「ムラ社会」の姿がテーマだった。 議会を支配する同調主義。ボス化する「長」。「長」は、権力を手に入れたと錯覚し、他者を同調させようとする。その力を見て、「長」にすりより従って…