2006-11-01から1ヶ月間の記事一覧

 子ども集団の今(6)

学級弁論大会で語った女の子のこと 淀川中学の教員になって3年目、学級弁論会を学級活動の時間に開催したときの、 痛恨の迷いを忘れることができない。 教員になってからぼくは、6時間目の授業が終わって下校する前の学級活動の時間をフルに活用した。 学…

 お灸をすえた

ひざとお灸 ひざにお灸をすえた。 「せんねん灸」という誰でもできる簡単なお灸。 ライターの火を、箸の先端ほどの灸の先に点ける。 細い一本の煙が曲線を描いて、 香りとともに立ちのぼる。 ひざの皿の周りを指でぐりぐり押して、 痛みを感じるところへ、の…

 子どもが動き出すとき

子どもは必ず動き出す(子ども集団の今 5) 子どもらが動き出すとき、というのがある。 子ども集団が形成されていくにつれ、子どもの自主性・自発性が発揮され、 思いがけない発想が子どもの中から生まれてくることがある。 子どもらが動き出す、 これは教…

 秋深まる

冬近し 地区の人びとによる農道の草取りがあった。 各戸からひとりずつ出て、 早朝一時間ほど、鎌や鍬で道端の草を取り除いていく。 奈良の葛城路に住んでいたときは、「道づくり」と称して、 住居区の道端の美化と草取りをする作業だった。 安曇野でのはじ…

 子ども集団の今(4)

問題のとらえかた よいクラスは、問題が起きないクラス? 悪いクラスは、問題が起こるクラス? いいや、そうとは言えない。 問題が起こっているがよいクラスもある。 問題が起こっていないけれども、よいとはいえないクラスがある。 問題が起こるクラスは、…

 子ども集団の今 (3)

いじめ 子どもにとって、友だちのいない生活は砂漠のようなものだ。 かつて巷のいたるところに見られた、 楽しくて楽しくてたまらなかった自由な子ども世界が消えてしまってから、 子どもが子ども同士で魂を燃焼させ、もまれて育つ場がやせ衰えてしまった。 …

 子ども集団の今 (2)

いただいたコメント 11月6日の「子ども集団の今」について、こんなコメントをいただいています。 再度、要旨を紹介します。このコメントについて、また意見を交換できるといいなと思います。私も考えたところを出していきたいです。 ミチさんは、NHK・…

 犬との会話

犬との会話 「ネコ、どこにいる?」 「ネコ」と聞くと、ランは首をすくっと立て、目は鋭く、 庭を眺め回してネコを探す。 軒先に来る野良ネコがいて、ランは彼らを見つけると、 窓越しに吠えたりすることがあった。 「お父ちゃんが、帰ってくるよ。」 ぼくが…

 田んぼのドジョウ

アイガモ農法の田んぼにドジョウ タカオくんが、田んぼの周囲の草を刈っていた。 アイガモ農法でつくっていた、赤米の切り株だけが残っている。 水たまりが少し、水口の辺りにある 「昨日、テレビに出ていた田んぼはここかい? ふーん、ここ、それでドジョウ…

 「良民」という服従者・加担者

辺見庸の体験から考える 辺見庸が「恥」について書いている。 タイ・カンボジア国境付近の最悪のカンボジア難民キャンプでのこと、 テントに運び込まれるたくさんの屍体があった。 キリスト教の白人シスターたちがこのキャンプに来ていて、 ボランティア活動…

 金沢嘉市の生き方

教育の目的の喪失 金沢嘉市が小学校教師になったのは1928年、 学校は全体主義の国家に従属していた。 金沢は童話を子どもたちに語る教育活動に専心した。 そのなかに「闘うドイツ少年」という、敵愾心をあおる作品もあった。 1931年、日本はアジア太…

 子ども集団の今

「集団づくり」とは 学校自治会、それらは今、どうなっている? 学校における問題を解決し、 生活をよくし、 学校文化を創りだし、 みんなが成長していくための、 児童生徒、学生自身による自主活動。 小学校の児童会、中学校高校の生徒会、大学の学生自治会…

 上高地散策

晩秋 今日も朝霧が野を覆った。 日の出の時刻、 夜のかけらを残した空に、赤く染まった山々が浮かび上がる。 どこからか、夜の冷気をたっぷり吸った土からか、 湧き出てくる乳白色の朝霧に野や森は包まれ、 たちまち風景は消え去っていく。 半時ほどして霧の…