2011-04-01から1ヶ月間の記事一覧

 大震災支援ボランティアに行ってきたシンちゃん

28日、安曇野市の社会福祉協議会主催の第四回ワークショップは、震災支援をテーマにした。 声をかけておいた孝夫さん夫婦、望さん、幸代さん、シンちゃん、厳さん、テルちゃんたちも来てくれて、参加者は全部で30人ぐらいになったが、それにしてもこの大…

 安井利次さんと新聞で出会った

「大阪で『フランクル研究会』が始まって11年になる。」この書き出しから読み進めるうちに、不思議な予感があった。 「この会で昨年6月、中学と高校、2人の社会科教師が発表をした。 フランクルの言っていることは、今の子どもたちに大切なんじゃなかろ…

 我々の原発責任

「誘惑や脅しに屈した諦めと妥協の結果がたとえば戦争であり、原発事故ではなかったのか。 先の戦争の後、『文学者の戦争責任』が取りざたされた時期があった。ならば『文学者の原発責任』だって発生しよう。 安全神話に加担した責任。スルーした責任。」 と…

 『石棺』に芽吹く生命

大判の教科書の表紙をめくると、両ページ見開きに大きな写真が掲載されている。 すごい迫力の写真だった。「石棺」と呼ばれるチェルノブイリ原発の原子炉だ。 タイトルに「『石棺』に芽吹く生命」とある。 写真家・本橋成一の撮影した写真と文章だった。チェ…

 碌山忌

今日、4月22日は碌山忌だった。1910年、荻原碌山は、30歳の若さで、この世を去った。碌山美術館は、今日は入館無料で、館内でコンサートなどの催しがある。 朝の美術館には、まだ人影が少なく、山桜の花としゃくなげの花がひっそりと咲いて、塔のある、レン…

 歌は命の鼓動

南相馬から避難してきた人たち二十数名を迎えたおやじさんは号泣した。 「私は南相馬出身です。ふるさとのみなさん、よく来てくれました。」 そこから後は言葉にならなかった。 おやじさんは、飯田市で料理店を営んでいる人だった。 飯田市へ福島県の南相馬…

 サンデル教授の講義、東北人と北方性教育

大震災の、連日のごとく報道される東日本の状況は、国、社会、地方、人間、ふるさと、いろいろな角度から日本を考えさせる。日本、アメリカ、中国を中継しながらの、ハーバード大学サンデル教授による問答方式の講義は、東日本大震災での日本人をテーマに人…

 日本は大きな転機を迎えている

<多くの人が予感し、考えている> 数軒の農家を訪問し、動きをつくれないかと、意見を聞いてまわっている。 「減反をなくし、すべての耕作地を活かして、被災地を救援しよう。 被災地の人たちを受け入れて、農業生産にたずさわってもらい、農業を変えていこ…

 早春賦音楽祭

<『大地讃頌』、賢治の『精神歌』> 沢水のように月日は流れて早くも一年がたち、今年の早春賦音楽祭がやってくる。 昨日の夜、男声パートの二回目の練習が穂高会館であった。 昨年早春賦音楽祭に参加するために誕生した「大地讃頌合唱団」は、今年も二回目…

 鶯鳴き、水仙咲く

今朝、雪の常念岳が蒼天にくっきりと輝き、木立から鶯の初音が聞こえた。 庭の水仙が清涼の気を発して凛凛と花開いている。 東北地方、津波にもたらされた砂や泥、瓦礫の荒野に一輪の水仙が花開いているのを見つけたご婦人がいた。 「母が植えた水仙が、生き…

 東日本大震災から生まれてくる相互扶助社会

近づく碌山忌 仮設住宅の建設が困難を極めている。あまりに多い被災者の数、役所の建設課の職員が仮設住宅建設を建てるために動いているが、建てる土地が見つからない。 行政の方針では、建設場所は津波が来ないように海から離れて、長屋式平屋の集合住宅を…

 実現するかどうか分からないけれど、やってみる

碌山美術館で さて、どうしていったらいいだろう、といろんな人に会って相談から始めた。 まずは農家の人の意見を聞いてみよう。 秀武さんにウォーキングで会ったので聞いてみた。 「アイデアとしてはいいが、どう進めるかだね。彰久さんは専業農家だから、…

 何ができるか

福島周辺の農地に放射能汚染が進み、収穫時の米に基準値を超える汚染が推計されるところでは今年の稲作はできない。 近々、農水省が作付け禁止地区を発表するということだ。 禁止区域にならなかったとしても、福島の米は売れるかどうか危惧される。 稲だけで…

 『原子力のたそがれ』

雑誌『世界』に掲載されてきた原子力関連の論文を、岩波書店が無料でインターネットに公開しているということを新聞で読み、開いてみた。 その中から、『世界』の今年の一月号に掲載された、『原子力のたそがれ』(マイケル・シュナイダー)を取り出して読ん…

 動く人たち

二日前、工房の薪ストーブ設置が完成した。屋根に上っての煙突工事は緊張し、命綱を持ちながらの作業だった。ひとりでよくやれたもんだ。緊張感で疲れ果ててしまった。 ★被災地の多くの人たちは、なおも学校の体育館などに毛布を敷いて暮らしている。 秀和さ…

 幼い子どもは魂で感じとる

「死」というものがどういうものかを教えられることなく、経験することもない幼い子どもの心に、「死」はどのように感じとられるだろう。 戸井田道三が子どもたちに書いた人生論「生きることに○×はない」(昭和53)に、こんな体験を書いている。 「たぶん…