2024-03-01から1ヶ月間の記事一覧

石牟礼道子 「無常の使い」

市の図書館で石牟礼道子の本を見かけた。本のタイトルは、「無常の使い」。彼女の想いの香り立つ文章をまた読みたいと思って借りて帰った。 「五十年くらい前まで、私の村では、人が死ぬと『無常の使い』というものに立ってもらった。必ず二人組で衣服を改め…

大川小学校の悲劇を考え続ける

1946年、敗戦の翌年、文部省は、戦前の政府による教育支配を反省し、次のような新しい教育指針を出した。 「軍国主義や極端な国家主義の国においては、教育もまた戦争の手段とされてきた。日本は、平和的文化国家になって、教育は本道にかえったのだから、教…

なぜすぐに逃げなかったのか。

<前々日からのつづき> 日中戦争において、もっとも多くの屈強な兵士を送り出した岩手県、中でも北上山地の広大な地域の村々からは多くの兵士が戦場に出ていった。そして兵士たちの多くは戦死した。 その岩手、東北の地に「生活綴り方教育運動」が起きた。…

もう一つの奇跡

大川小学校の悲劇について考えていて、ではあの東日本大震災で、震災後に話題になった「津波てんでんこ」が、なぜ働かなかったのだろう。 調べていて、次のような記事に出会った。 「津波てんでんこ」というのは、「てんでんばらばらに急いで早く逃げよ」と…

大川小学校の悲劇から考える

2016年10月の朝日新聞に、東日本大震災の津波で流された石巻市立大川小学校の子どもたちと教員についての記事が載っていた。これは保存しておこうと残していた記事は、大川小学校に通っていた12歳の娘を津波に流された、中学校教員、佐藤敏郎さんの想いを聞…

スズメの狩猟がなぜ認められるのか

スズメ歳時記。その本には、スズメの写真が全ページに充ち溢れていた。スズメのいろんな姿態、よくぞこれだけカメラに収めたものだと思う。愛らしいスズメ、愛情が満ちている写真集である。 そのなかに、こんな一文があった。 「野鳥としての生を尊重すると…

第三次世界大戦前夜

ノーラン監督の映画「オッペンハイマー」が、アカデミー賞をとった。核戦争の危機が迫っていることへの危機感がにじみ出ている。プーチンがまたも核兵器の使用に言及している。第三次世界大戦前夜の空気が漂い始めた感じだ。 以前も、このブログに書いた,渡…

斎藤さんの、シベリアの記録

私の矢田中学と矢田南中学時代の、同僚であり先輩教師であった故・斎藤弥彦さんは、2015年に私家版で「弱者の立場に立つ」という書を作っておられた。齢89歳だった。その本を、真佐子さんが私に送ってくれた。 それを読んで、やはり斎藤さんの原点は、シベリ…

こんな卒業式があった 真佐子さんの回想

「夕映えのなかに」を読んでくれた真佐子さんが、長い感想文を送ってきてくれた。これほど長い感想文を書いてくれたということは、それだけあの頃の体験が強烈だったからだろうと思う。彼女は、矢田南中学の一期生だった。 感想文の一部分をここに載せておき…

母校の卒業生へのエール

私は先日、卒業式をひかえた大阪府立K高校の、校長と教職員、そして卒業生のみなさんに、下記のような手紙を送った。一昨年出版した私の著書「夕映えのなかに」に、私の高校時代を30ページにわたって書いたことから、70年前の私の高校時代の、知られていない…

滅びゆく野の自然

今朝起きたら雪がかなり積もっていた。暦は三月に入った。 もう春だ。春の歌が頭に浮かぶ。まだ風は冷たいし、野のベンチでしばらく歌えない。温かくなったら、ベンチに座って、アルプスを眺めながら歌を歌おう。 明治期から学校で教わり、子どもたちに歌い…