豊かなる弦月地帯

ヨーロッパからインドまで、大学山岳会の仲間と、車で探検の旅をしたのは1965年だった。イタリアから出発して、ギリシャ、トルコを経、イラクへ入り、聖地エルサレムを訪ねた。平和だった旅は、この地で緊張をはらむものとなった。 イスラエルの支配地域から…

五月の土壌

五月の土壌 耀く日差しの五月がもうすぐ去る。木々の葉の輝き、畑の野菜のみずみずしさ、日の光、高村光太郎の詩、「五月の土壌」が頭に浮かびぶ。 光太郎は戦時中、戦争協力の詩を詠い、敗戦後、自分のその罪を強く意識して、岩手県花巻近郊の山野に小屋を…

人間は世界を滅ぼすのか

明治、大正の時代に生きた山村暮鳥は、キリスト教牧師だった。彼はドストエフスキーに傾倒し、詩を書いた。「風は草木にささやいた」という詩集があり、そこに「新聞紙の詩」という作品が収められている。 新聞紙の詩 きょう この頃の新聞を見ろ この血みど…

「われら愛す」哀しみの歌

久しぶりに、CDで、「ドイツ学生歌」を聴いた。ドイツの学生たちは歌うことが好きで、ビアホールへ行くと、よく飲んで、よく合唱した。彼らはドイツ民謡をよく歌った。歌のなかには、ゲーテ、ハイネ、シューベルト、シラーの歌もあった。 わが記憶は、若い…

「集う」ということ 「歌う」ということ

野菜の苗を植えた ゴーヤ ピーマン シシトウ エンドウ キウリ 大豆 ナス‥‥ 天気は快晴 青空が深い スズメが餌をくわえて 軒先にやってくる 巣があるらしい 秀さんの田んぼに水が入った 田植えが始まる 北アルプス連峰の上部には まだ残雪がある ぼくは CD…

岡野弘彦、戦場の歌

「岡野弘彦全歌集」(青磁社)は、ずっしりと重い。1100ページにも及ぶ豪華本だ。妻が安曇野図書館で借りてきた。 岡野弘彦は、大正13年(1924年)、三重県美杉村川上に生まれ、短歌に生きて、今年2026年、101 歳で他界された。岡野の人生には、あの戦争が大…

君 死にたまうことなかれ

深尾須磨子は与謝野晶子に師事し、ヒューマニズムにもとづく、社会批判の詩を詠じた。 詩「君 死にたまうことなかれ」、晶子の歌を、須磨子は須磨子の心で歌った。 人類を脅かす 血なまぐさいもの 硝煙にくすぶる 悪魔の幻影 この暗黒 この鬱情 重圧の気流を…

イランの旅の記憶

1965年、酷暑の砂漠を越えて行く長途の探検旅行をしたとき、戦争はルートのどこにも起きていなかった。 出発は日本海を船で渡ってウラジオストックに入り、シベリア鉄道でハバロフスクに行った。そこから空路でモスクワに入る。当時のソ連は物資が乏しく、街…

 燕(つばめ)

燕(つばめ) 伊東静雄 門(かど)の外(と)の 光まぶしき高き所にありて 一羽の燕ぞ 鳴く 単調にして するどく 陰(かげ)りなく あゝ いまこの国に 至り着きし最初の燕ぞ 鳴く 汝(なんじ)遠く モルッカの ニュウギニアの なほ遥かなる 彼方(かなた)の…

世界は危機に瀕している

かつてメモしておいた鶴見俊輔のこんな文を見つけた。 「家の買い物で、店を訪れ、二言三言会話する。そのちょっとした挨拶で、心温まる時がある。そういう店からは人生の応援歌を聞いたようで、元気が出てくる。」 「小さい子どもが家の前などで遊んでいて…

遥かな記憶2

サイレンが空襲警報の鳴り方に変わった。 1945年3月13日、午後11時から3時間半、アメリカB29爆撃機の大編隊が、大阪市中心部の住宅密集地に焼夷弾を落としていた。市内は猛火に包まれ、上空は真っ赤になっている。ぼくは暗がりの中、赤く燃える炎をぼうぜん…

遥かな記憶

ぼくが大阪市桑津国民学校の1年生になったのは、1945年3月だった。アメリカ軍の爆撃が激化し、夜中にサイレンが何度も繰り返し鳴った。警戒警報と空襲警報とでは鳴り方が異なっていた。その日は、夜中の空襲警報だった。外に出てみると、天王寺の方の空が赤…

戦争

昭和16年、太平洋戦争が勃発した。中国や東南アジアなどへ侵略をしていた日本はアメリカ軍との本格的な戦争にはいった。 文学者は報道班員に徴用され、アジアの戦場に赴き、宣撫活動をになった。「宣撫」とは、占領地区の住民に占領政策を理解させ、住民の心…

日本の遺産となる短歌

またここに何首か短歌を書いておこうと思う。日本の、あの戦争の遺産としての短歌を。 5・7・5・7・7の音数で詠む短歌は、人の心音のように、読む人の胸に響き、心に残るものがある。ぼくが「昭和万葉集」から引き出して書いておいた数首を、この「野の学舎…

追憶

風の冷たさ、いくらかの温かさ、3月が過ぎた。60数年前の記憶、あの日の卒業式を、「田園交響楽」の調べと共に思い出す。淀川中学校二期生の青空卒業式だ。 淀川中学校は、1959年、大河・淀川の堤防に接する大阪市都島区毛馬町につくられた。大学を卒業した…

学徒出陣

鶴見俊輔は生前、著書「思想の落とし穴」(岩波書店)にこんなことを書いていた。それは、戦時中(1940年代)に17歳の遠藤麟一郎が詠んだ次の短歌についてだった。 人おのおの おのれが道を歩みたり 墓ひとつずつ賜れと言え 人の子の執念悲し 墓の上は 死者…

老いとは何か

今日の朝日新聞に、高橋源一郎さんが書いていた。「なぜヒトにだけ『老い』があるのか 老いとは何か」という記事だ。 今、日本では65歳以上の人が、総人口の29%(3600万人)で、3人に1人が高齢者だという。75歳以上は17%(2100万人)で、6人に1人。それが…

星野道夫の旅

旅する写真家だった星野道夫の、ずしりと重い大冊の写真集4巻を市の図書館から借りた。星野はアラスカが好きで、26歳のときにアラスカに渡り、18年間写真を撮った。北アメリカのトナカイであるカリブーが好きで、その生態を記録するのに10年を費やした。 春…

歴史の教訓

イランによるホルムズ海峡封鎖、アメリカの攻撃が発端だ。日本は世界を、そして政府を厳重に注視していかねば、重大な危機を招くことになる。 今は亡き鶴見俊輔は、かつて「思想の落とし穴」(岩波書店)に、戦争中に残虐行為をした人について書いていた。 …

 詩「少年十字軍 1939」

1973年、飯塚書店が「ブレヒト詩集(野村修・訳)」を出版、そこに「少年十字軍 1939」という詩が収録されていた。ブレヒトはドイツの劇作家であり、詩人だった。ブレヒトは第一次世界大戦で召集され、反戦思想に目覚めた。 その詩は長かったので、ぼくは勝…

第三次世界大戦の危機

1960年頃、アメリカ映画「渚にて」が日本で公開された。その記憶が頭に残っている。こんな内容だった。 第三次世界大戦が勃発し、核戦争となる。熾烈な核爆弾・核ミサイルの攻撃による高い放射線は北半球を覆い、人々の大半が死滅する。その時、アメリカ海軍…

去りし友

1960年春、萩さんは広島大学を出て、淀川中学校に音楽科の教員として赴任してきた。同じ新卒だったから同志のように、何かにつけて行動を共にした。がんこおやじの校長の反対で、淀川中学登山部をつくれず、何度も意見具申をしてやっと校長が、複数教員が引…

「いぬふぐりの歌」

北アルプスの雪嶺を眺めながら、ぼくは「いぬふぐりの歌」を口ずさむ。 丘は今もしば山 いぬふぐりが咲いている 息をはずませて登った クニさんと一緒に登った お茶の子のムスビを持って 二人呼び合いながら登った ももひきの小さな足を 干し草の匂いがした …

 ポピュリズム台頭

2月3日の朝日新聞に、一面にわたる「アウシュビッツ博物館長へのインタビュー記事」が掲載された。あのナチスによるユダヤ人大虐殺の現場、アウシュビッツ強制収容所、そこは今は博物館になって後世にその歴史を伝えている。インタビュー記者は寺西和男氏。 …

ロシアはどこへ向かうのか <2>

ロシアの状況を伝える報道があった。ロシアは、特別軍事作戦でウクライナに侵攻し、歩兵による肉弾突撃が行われている。応援部隊も、装甲車もない状態で突撃させられている。 ロシア軍35万2千人が戦死した。膨大な戦死者に、ロシアの庶民の不満と怒りが高ま…

ロシアはどこへ向かうのか

ロシアによるウクライナ侵攻が始まったのは、2022年2月だった。戦争が始まってすでに4年になる。初期の頃、日本の報道機関は、ほぼ毎日のように戦況を伝えていた。 キエフの街、空襲警報が鳴る。市民は急いで地下室に避難している。テレビでそれを見て、子ど…

トランプ大統領

友人、K君が、書いてきた。こんな内容だ。 「トランプ大統領の、自分は絶対に間違っていない、謝る必要なんて、これっぽっちもない、絶対に謝ってはいけない、謝ったらおしまいだ、とする姿に、アメリカと日本の文化の違いをまざまざと感じる。 大谷翔平投手…

原田マハ著の「板上に咲く」 棟方志功

岡山の大原美術館へ、妻と一緒に棟方志功の版画展を見に行ったのは40年も前のことだった。大原美術館は運河の前にあった。中に入ると、「わだはゴッホになる」と叫んでいた棟方志功が、視力の落ちた眼を版木に近づけて、彫刻刀を猛烈な勢いで動かしている映…

「玉砕しなかった兵士の手記」と「墨子よみがえる」

「玉砕しなかった兵士の手記」(横田正平)が語っている。 一兵卒の横田はサイパン島で、日本軍の欠点を、あまりにも多く見てしまった。 「こんな上官に連れられて、死ななければならないのか」 横田は絶望的な思いに駆られ、ついに軍を脱走し、包囲する敵の…

鶴見俊輔の記憶

息子の鶴見太郎が、家庭での父、俊輔の様子を語っていた。 「父は、私が子どもの頃から、いろんなことを話すごとに、 『おもしろいなあ』、『すごいなあ』、『いやあ、おどろいたあ』、 と目を見張って、心底からびっくりしたような反応を示しました。だから…