「庭で、聴きなれない鳥の声がする」と洋子 が言う。ガラス戸を開けて出て見ると、もう聞こえなかった。耳を澄ますとOさんの庭で、それらしい鳴き声が小さく聴こえた。
「クロウタドリや」
半分冗談でそう言ったが、ひょっとしたらそうかも、と思いながら、掃き出し窓を閉めた。
クロウタドリの声を初めて聴いたのは十数年前、チロルの山村だった。村の教会の尖塔に止まって、村中に響き渡る声で歌っていた。地面に降りて歩いている姿を見たのは、ウイーンの公園だった。ヨーロッパの初夏はあちこちでクロウタドリの声を聴く。遠くまで聞こえる長いさえずりは歌うようだからクロウタドリ。
クロウタドリは中国にもやってきて啼くし、日本でまれに冬鳥としてやってきて啼くこともあるそうだ。ツグミの仲間だ。
今朝、庭で聴いていた声はクロウタドリかもしれないと想像しただけで、なんとなく心が弾むような気がした。
雪が解けたとたんに、春が噴き出てきた。まさにスプリング。バネのように勢いよく、泉のようにコンコンと湧き出る。
野の草を踏んで歩く。テントウムシが這っていた。アリが数匹。顔の前を群れて飛ぶメマトイ。イヌフグリの小花、タンポポの花。
庭のスイセンは種類ごとにぎっしり身を寄せ合って花茎を伸ばし、咲きだした。小さなニオイスミレが群落をつくっている。梅花が満開。今年はたくさん梅干しが作れそうだ。