五月の歌

 

 

    昨日はカッコー、今朝はヨシキリの鳴き声が野に響いていた。

 今日も快晴、朝5時過ぎからウォーキングに出る。ストックをついて、ゆるやかな坂を上っていく。

 柴犬のカイトを連れた望月のおばちゃんが、雪を残した常念岳を背後に道を下りてきた。

 「カイトよう、カイトよう」

 ぼくは身を擦り付けてくるカイトの背をなでる。

 バイバーイ、カイト。

 畔に仕切られた何枚もの田の半分は、すでに田植えが済んで、小苗の先端が水の上に出ている。昔の田植えと違って今の機械化農業では、小さい苗で植える。

 今朝は、サニーちゃんとアイちゃんを連れた前山夫妻に出会わない。サニーは白いラブラドール犬。

 十字路で右に曲がり、北へ歩く。向こうから背の高いご婦人がやってくる。ゴルフカントリーで働いている望月さんだ。

    「久しぶりですねえ、30年ぶり」

    「えっ? え? ハハハ ほんと久しぶり」

    後ろを振り向くと、サニーちゃんとアイちゃんが見えた。残念、後戻りできない。挨拶できなかった。サニーの身体をなでる朝の挨拶、それはぼくの喜び、ぼくの慰め、ぼくの元気の元。

    ぐるっと野を一周して、山を眺め、田を見つめ、野の空気を吸い込む。

    歩きながら歌を歌う。モーツァルトの「五月の歌」。

    この歌の歌詞は日本人が作詞したものだ。この頃、ぼくの頭、記憶力に衰えがあり、歌詞の二番目がなかなか覚えられない。小さな紙に書いて、ときどき歌ってみる。覚えたと思って歌い出すと、あれ、どうだったかな?

    単純な歌詞なのに、覚えたと思ったら頭から飛び去っている。小さな紙の歌詞を見て、また覚える。どうしてこんな簡単な歌詞が記憶に定着しないのだろう。

    ああ、わが頭脳、衰えたり。何度も何度も、忘れたら歌詞を見て記憶し直す。

    今朝、朝の散歩、野のベンチに座って、歌詞カードを見ないで、全部を歌えることができた。

    常念岳を観ながら大きな声で歌う、五月の歌。ドイツの野に響け、五月の歌。

 

     楽しや 五月 草木は萌え

     小川の岸に すみれ匂う

     やさしき花を 見つつ行けば

     心もかろし そぞろ歩き

 

     うれしや 五月 日かげは映え

     若葉の森に 小鳥歌う

     そよ風渡る 木かげ行けば

     心もすずし そぞろ歩き