戦争が廊下の奥に立っていた
渡辺白泉
この俳句に出会ったとき、戦慄が走った。俳句はぼくの心をとらえ、ぼくの心はしんしんとあの時代の闇に沈んでいくような気がした。
中国への侵略戦争が激化し、戦火が拡大していた。
昭和14年、白泉の家の薄暗い廊下の奥に、戦争が立っていた。
家の廊下というのは、家の中の通路だ。廊下は玄関から外界に通じている。作者が廊下に出てみたら、誰もいないはずの薄暗い廊下の奥に、誰かがいる。誰か、何者か、こちらを見ている。
ぞっとする恐怖を感じた。廊下に立っていたもの、それは霊界から来たもののような気がした。戦争が家の中にまで入って来たのだ。
日中戦争が本格化したのは昭和12年、アメリカ軍との全面戦争に入るのは昭和16年、若者たちは次々と召集されて戦地に向かった。そして学徒も召集され、一家の父親も兵士にされた。兵士たちは戦場に散っていき、戦死者たちは帰ってこない。
国民を鼓舞する歌が作られ、軍部、政府は「玉砕」を美化した。
戦争が廊下の奥に立っていた
昭和14年、やがてやってくる悲劇を、白泉の句は告げている。予兆である。
今また、「薄暗い廊下」の奥に、戦争が立っている。