2013-02-01から1ヶ月間の記事一覧

 タマネギとニンニク

いつまでも雪に覆われたままのタマネギとニンニク、気になってクルミの木のある畑に行ってみた。今日は温かく、雪も融けそうだ。木灰と鶏糞を自転車の荷台に載せて出かけた。畑へ入る小道は通学路になっている。そこにはまだ雪があり、自転車を押していった…

 まちをつくるロマンとビジョン

佐賀市民から、「まちを元気にしたいから手伝ってくれませんか」という電話を受けて、佐賀出身の西村さんのやったことは、「何でもできる緑の原っぱ」だったという記事は示唆に富んでいておもしろかった。(「朝日」) 記事の主は建築家でワークヴィジョン代…

 四つの提案を聞いてもらった

今朝、ツグミが庭に来ていた。くちばしで、雪の融けた地肌の落ち葉をくちばしではねちらして木の実を探している。ツグミは冬鳥で、4月ごろまで日本にいてシベリアに帰っていく。今朝もマイナス12度だった。 ヤマボウシの樹の餌場に毎日スズメが群れて米ぬ…

 ベトナム青年との日本語学習

今日は、ベトナム青年二人を教える。 「はい、読んでください」 「まっすぐな竹」 「まっすぐな竹。たけって何? 知っていますか」 「はい、知っています。ベトナム、竹、たくさんあります」 「竹で何をつくりますか」 「うち、つくります」 「家? 竹で家を…

 経験の質と意味

「経験は人をつくる」というとき、どんな経験が人をつくることになるのか、人をつくるとはどういうことなのか。 経験には、経験の質、経験の意味というものがある。さすれば質の高い経験とはどんな経験だろうか。経験すべきではない経験とはどんな経験だろう…

 村のコーラス、「花は咲く」

村のコーラスの会で歌っているのは「花は咲く」、 NHKの番組の合間によく聴いた歌、俳優や歌手やスポーツ選手や、次々短くリレーで歌いつなげていた「花は咲く」、 ぼくらは三部合唱で練習している、村の公民館で、熟年、お年寄りが集まり。巌さんの息子…

 「自然体験論 農山村における自然学校の理論」(野田恵)

1977年生まれだから、今年は36歳になる人だ。その野田恵さんの「自然体験論 農山村における自然学校の理論」を読んだ。 著者はあとがきにこう記している。 「『現場に役立つ研究をしたい。ここで修業させてください。』 そんな言葉で山村留学『だいだらぼっ…

 犬の自由度

雪の日、ランは居間のストーブの前でぬくぬくと眠る。お向かいみよばあちゃんのマミは、外の犬小屋の、毛布に丸くなって寝ている。マミは散歩のとき以外は数本の杉の根方の犬小屋だけで毎日過ごしている。条件から見れば、ランは幸せ、マミは寒そうでかわい…

 体罰について、シュタイナー教育の考え方

メディアでは体罰についていろいろ意見が出ている。ところで、全国の学校・スポーツ団体では、この問題を全職員で徹底的に話し合っただろうか。自分の体験、自分の意識、体罰をやったこと、体罰を受けたこと、体罰を見たことなど、自分の経験をさらけだしな…

 ノブの勉強

日曜日の夜、公民館の日本語教室にやってきた二人は泣いていた。年上のオーさんの方がショックが大きかった。二人は日本語能力検定試験1級に落ちた。オーさんは、たったの1点足りなかった。トウさんは9点足りなかった。試験結果はその日分かったらしい。…

 あきらめるということは真理に基づくということ

今日も一日雪、朝7時から8時の間は、燃えるゴミを集積所に出す時間。両手に2袋もって、500mほど雪道を出しに行った。雪の降りしきる日だから、集積所のゴミの量が少ない。今日のゴミ当番の二人は、ゴミ置き場の横に作られた小部屋でストーブに当たっ…

 信州自遊塾のソバ打ちで「樹木葬自然公園&子どもの森」構想を話し合い

信州自遊塾のソバ打ち会が地球宿であった。子ども連れも含めて20人ぐらいが集まった。元大学の学長の中野さんがソバを打ち、タカオ君の奥さんのヒサミさんが一緒に料理する。ソバのイタリヤーノ、かもなんばん、次から次へと出てくる。 ぼくは、望君に誘わ…

 生活のなかの自然をとりもどす

ぼくはこの6年間、「子どもの森と川」をつくろうではないかと、主張してきた。最近提案している「樹木葬自然公園&子どもの森」構想もそこから始まった。ミミズのたわごと、蟷螂の斧、犬の遠吠え、徒手空拳、声は空行く雲に乗って消えていく。それでも言い…

 雪の価値 水の価値

昨日も雪、今日も雪、人に会うとあいさつは、 「よく降りますねえ。雪かきたいへんで、困りますねえ」 それでもまだこの地方は雪が少ない。北信の豪雪地帯は、雪かきどころか、雪下ろしが毎日の仕事になる。雪対策に使う個人の労力や自治体の財政負担は大き…

 雪の蓮華温泉

穂高・涸沢 歯科医の布山さんはアウトドア派で、乗っている車もそれらしい四輪駆動のがっしりしたものだ。頭はスキンヘッド、あごひげを生やし、医院での姿とは全く違う。治療中はマスクをはめ、頭に被り物をするから、野性が隠れる。この冬もスキーかスノー…

 新美南吉の詩「綿の話」

今は綿花の栽培も、採った綿で布を手織るのも、家内工業では行わなくなったが、岐阜の羽島には、伝統工芸の美濃縞を機織(はたおり)しているグループがある。羽島の旧街道の古民家、古畳の上を歩けば、床がしなるような古家に数台の織機がすえられ、そこで…

 新美南吉の詩「終業のベルが鳴る」

終業のベルが鳴る 終業のベルが鳴る‥‥。 生徒らはランドセルを背負い みないってしまう。 おくれた小さい生徒も 汽車にのりおくれるとでもいうように、 両腕をつきあげてランドセルを背負い、 帽子をひったくって いってしまう。 あの子たちはどこへ帰ってい…

 教育の目的とは何?

碌山美術館 今日もまた雪。融けたところへまた降り積もった。 昨夜の公民館での日本語教室には、ベトナムの青年が二人来ただけだった。他の人たちはどうしているのだろう。 トーさんとハップさんにはぼくと大友さんが、それぞれマンツーマンで教えた。まとも…

 合唱練習「おいでよ 安曇野」

「今日の合唱練習、わたし目の手術したで、大友さんの車で行きます」 と、巌さんから電話があり、昼過ぎ大友さんが車で迎えにきてくれた。巌さん夫婦と4人で出かけると、車の中は、白内障治療の話でもちきりになった。手術はたったの15分だよ、たくさんの人…

 歴史から学ぶ

近代日本の戦争を書いたルポルタージュや文学が多数ある。歴史を学ぶとき、戦争を知ろうとするとき、これらの書物を読まずにその事実に迫ることはできない。いつ、どこで、何があったか、なぜそうなったか、それらを断片的知識として憶えることだけが歴史の…

 「イーハトーヴ交響曲」 

80歳を迎えた富田勲が、昨年「イーハトーヴ交響曲」を創った。長年心に抱き続けてきた大きなテーマに富田勲がチャレンジし、この交響楽を完成させるまでの密着ドキュメントを昨日録画で見た。大人と子どもの300人の大合唱団とオーケストラ、そこに現代アート…

 15人の女子柔道の選手たち <2>

日本オリンピック委員会は、15人の選手の名前を公表していない。公表すれば、たぶんいろんなバッシングが予想されるからだろう。所属団体や家族に迷惑が及ぶことを心配し、時期尚早であるという。柔道に打ち込んできた15人の胸のうちは、胸張って名前を言い…

 15人の女子柔道の選手たち <1>

15人の女子柔道の選手たちが声明を出した。この告発は、社会的に問題を提起したことになり、広く議論が起こることは望ましいことだ。 全日本柔道連盟の指導部内の威圧的権力的な体質が報じられている。それは柔道だけではないだろう。勝つことを最大の目的に…

 春は名のみの風の寒さや

田畑の雪がほとんど融けた。何回か降った雨の威力は大きい。唐沢さんが、もうフキノトウが芽を出しているというので、いつもの田んぼの畦に行ってみた。水路の脇をよく見ると、枯れ草の間から芽をのぞかせている。まだ小さいけれど、5つ摘んで、お味噌汁に…

 体罰問題の元にある「性善説」と「性悪説」

「愛のムチ」はあってもいいという、肯定論が根強いという新聞報道があった。体罰肯定論は、「時と場合によって、体罰には効果がある」「外からの厳しい力の指導がなければ人間は育たない」と考える。 それについて、宮城教育大学の神谷拓氏は、「『時と場合…

 指導するものの感情の壁

15人の女子柔道選手が連帯して監督を告発するという事態、そのことは何を意味しているのだろう。暴力問題があって提訴問題が起こり、体罰問題としてスポーツ界の体質が明るみに出た。その奥に何がある? まず提訴に至るまでに、彼女たちはずいぶん悩み苦しみ…

 対話のないところ、知性のないところに暴力が生まれる

表ざたにならない、隠された暴力は、ごまんとあるだろう。 身体にふるわれる暴力と心にふるわれる暴力、 力関係があって、強者から弱者へふるわれる暴力は、社会の中で絶えることなく続いてきた。 教師から生徒へ、 監督から選手へ、 上司から部下へ、 親か…

 逃げよ、生き延びよ

車のライトにうっすら黒い影が浮かぶ。 道を横切る黒い影。 巌さんの家の裏、 ブレーキを踏んで、 見れば、 狐――。 後ろ足、萎え、 それでも後ろの両足そろえ、雪をけろうとする。 やせて、腰骨の出て、病める狐。 村人が話していた、皮膚病にかかった狐であ…