詩の玉手箱

詩「黙示」(木原孝一)

詩「黙示」(木原孝一) 「黙示」という詩。そのタイトルの傍らに、小さく詞書(ことばがき)が添えられている。 「1945年 広島に落とされた原爆によって 多くの人々とともに 一人の女性が死んだ その 女性の皮膚の一部が地上に残されたが それは殉難者の顔…

初ツバメ

快晴で暖かい数日前、初ツバメを見た。朝の散歩で、満開の道祖神桜を見ての帰り、ツバメは僕の横で身をひるがえした。たったの一羽、周囲を見回しても他にツバメの姿はない。よくぞここまで来たなあ、大丈夫かなあ、夜はまだ氷点に近くなるのに、餌になる虫…

伊東静雄「春浅き」

戦争遂行一色に染め上げられたアジア太平洋戦争の時代、日本の書店から書物らしい書物がほとんど姿を消していった。その時代に、伊東静雄の詩に胸うたれた詩人がいた。詩集は、わずかの部数しか刊行されていなかったために手に入れることができず、やっと手…

モーツァルト

続・大木実の詩 地元の本屋さんで、レコードとCDのバーゲンをやっていた。たくさん並べられたそれらは、定価よりはるかに安い。ベートーヴェン全交響曲、モーツァルトのピアノコンチェルト10セット、ショパンのピアノ曲、すべてのCDはドイツやスイスの名演…

大木実の詩「海戦のあと」

大木実の詩に、「海戦のあと」という散文詩がある。彼は、太平洋戦争でアメリカ軍に撃沈された巨大戦艦「武蔵」の謎を詩に書いた。当時、日本海軍は、「大和」と「武蔵」、二隻の世界一の巨大戦艦を有していた。敗戦色濃き戦争末期、「武蔵」は1944年10月24…

小林多喜二のお母さんへ

「死刑囚」袴田さんの再審が確定した。 57年間、無罪への道は長かった。袴田さんは今、87歳。ほぼ一生が冤罪を訴える 裁判闘争だった。強力な助っ人はお姉さんだった。そして支援者だった。 かつて、壷井繁治という詩人がいた。彼は戦後すぐの1946年に「二月…

木の詩

木 田村隆一 木は黙っている 木は歩いたり走ったりしない 木は愛とか正義とかわめかない ほんとにそうか ほんとにそうなのか 木はささやいているのだ ゆったりと静かな声で 木は歩いているのだ 空に向かって 木は稲妻の如く 走っているのだ 地の下へ 木はた…

詩人は危機の予兆を感得する

の 「現代詩集」のトップに掲載されていた「黒い歌」。楠田一郎という人の詩。 彼は何者なのか。 楠田は熊本市で、明治44年(1911年)に生まれた。すぐに一家は当時日本が領土として併合していた韓国の釜山に移住し、楠田は釜山で育った。昭和6年(1931年…

詩の玉手箱 石垣りん「弔詞」

石垣りんは、大正九年生まれ。小学生の時から詩を書いた。戦中戦後、職場の新聞や労働組合の機関紙にも詩を発表し、第一詩集は昭和34年出版された。 「弔詞」という詩がある。石垣りんは、職場新聞に掲載されていた105名の、戦争で亡くなった人の名を見て、…

詩の玉手箱  「道]

大江満雄の次の詩は、第二次世界大戦のときの日本の光景だが、今ウクライナ起きているロシアによる侵略戦争からは、第三次への危険な予感、既にその臭いがする。戦争を止めようとする動きが、まったく出てこない。 道 大江満雄 夕暮れ 戦死者を迎える人 群れ…

詩の玉手箱「浅き春に寄せて」

浅き春に寄せて 立原道造 今は 二月 たったそれだけ あたりには もう春が聞こえている だけれども たったそれだけ 昔むかしの 約束はもうのこらない 今は 二月 たった一度だけ 夢のなかに ささやいて ひとはいない だけれども たった一度だけ 今は 二月 たっ…

詩の玉手箱 「カンムリツクシ鴨」

カンムリツクシ鴨 長谷川龍生 世界中を 探ってみても たった標本が三つしかない カンムリツクシ鴨を考えていた。 その珍しい自由な鳥の 二つが北朝鮮の山の林で 発見されたのを知っているか かつて徳川が壊滅する頃 江戸城の奥にあった記録絵から ずっと後系…

詩の玉手箱 「米」

米が食べられない、そういう時代があった。ぼくの子ども時代、食糧難だった。高い金を出して「闇米」を買う人がいたが、多くの庶民は代用食を食べて、命をつないだ。芋、トウモロコシ粉、カボチャ‥‥。 天野忠という人が、「米」という詩を書いた。 米 この …

田中克己の詩「恥辱」

第一次世界大戦は、ドイツ、オーストリア、ハンガリー、オスマントルコなどの同盟国と、フランス、イギリス、ロシア、イタリア、日本などの連合国とが、大規模な戦争を繰り広げた。そして第二次世界大戦では、ドイツ、イタリア、日本の枢軸国と、フランス、…

賢治の願い

賢治の「雨ニモマケズ」の詩が書かれていた手帳に、もう一つこんな詩が書かれていた。 「十月二十日」と題された詩。 この夜半 おどろきさめ 西の階下を聴けば ああ またあの子が咳をしては泣き また咳をしては泣いております その母の 静かに教え なだめる…

愛児を亡くした父の悲しみ

田中冬二は、1933年、満二歳の立子を亡くした。 愛児を亡くした父の、「寂しき夕暮」という詩は、哀しい。 この詩のタコチャンのところは、原詩では「takochan」になっている。 寂しき夕暮 かえらぬもの 夕暮れ フランスの旗のようなうつくしい夕暮れ 夕餉時…

もう一度あの詩を

二度まで自ら命を絶とうとした彼に、何かいい読み物はないかと、本棚をさがした。 数冊本を引き出したが、それが適当かどうかわからない。通信制高校で教えた彼、ときどき電話をしてくる。本を読んでいるかと訊くと、あまり本を読んでいないという。 本棚か…

こんなふうに 日は過ぎていく

金子光晴の「ある夕暮れに」という詩。 こんなふうに 日はすぎてゆく。 ガラス窓を はすかいに たどって。 すこし焦げた パンのように 愛情で まるくふくれて 男と その女がいる が 毎日が 日曜ではない。 こんなふうに 日はすぎてゆく。 大事なものは なに…

ガルシーア・ロルカ 「さらば」

「さらば」という詩がある。ガルシーア・ロルカという名のスペイン人の詩。 さらば ぼくが死ぬとしたら バルコンはあけといてくれ。 子どもがオレンジを食べている。 バルコンからそれが見える。 農夫が麦を刈っている。 バルコンからそれが聞こえる。 ぼく…

少年十字軍1939

ブレヒトがつくった、「少年十字軍 1939」という詩がある。 39年、ポーランドに 血なまぐさい戦争があった 無数の町の また村のあとに 荒涼たる廃墟がひろがった。 東の町で ひとはくちぐちに語り 雪は降り積んでいる 聞いたか 一種の少年十字軍ができ…

岡本潤の詩、「山」の意味するもの

山を歌っている。けれど、それを読む僕は、あの時代の人間というものをそこに感じる。そして、今の時代の何かを感じる。 岡本潤の「山」という詩がある。読んでみよう。 山 日夜 北方の山に向ひ 山を見てくらした 幾星霜 山のうごきだす天然の奇跡をおもひ …

丸山薫の詩、二編

丸山薫が、昭和二年に発表した詩。 汽車にのって 汽車にのってアイルランドのような田舎へ行こう 人びとが祭りの日傘をくるくる回し 日が照りながら雨の降る アイルランドのような田舎へ行こう 窓に映った自分の顔を道連れにして 湖水をわたり トンネルをく…

目覚め

椅子に座って、ぼんやりと庭の草木を眺めている。こんなふうに何をするでもなく、山を眺め、雲を見て、頭に浮かぶ想念の、ゆらゆらと過ぎていくのを感じることって、これまでそんなになかったように思う。日が昇る前、散歩の途中で、村の公園の木のベンチに…

山をうたう

この詩も好きだった。 甲斐が根 三木露風 夏山のいただき 白く連なる 甲斐が根よ そよ 我が心の故郷。 天晴れて青し 澄みて高し 想ひやる 神 御座(みくら)に香をたく。 雷鳥は峡間の 雪に落ちて あけぼのの 日は 紅に染めたり。 高光る甲斐が根 君をおもふ…

山の詩

そしてまた、山に向かう夜行列車の中で、「山の詩集」を取り出し、次の詩を口ずさむのだ。 山巓(さんてん)の気 堀口大学 汚邪(おや)の地を去って 山巓の気に立たう。 われらあまりにも 巷塵の濁悪(しょくあく)に慣れた。 聴け、天の声、 若い嵐が中空…

茨木のり子「鄙(ひな)ぶりの唄」

「鄙(ひな)ぶりの唄」という題の詩、「鄙(ひな)ぶり」という語は、「古代歌謡の曲名」であるとともに、「田舎風の洗練されていない唄」という意味がある。茨木のり子の詩は、彼女の心、感性が、ストレートに伝わってくる詩だ。 鄙(ひな)ぶりの唄 それぞれの…

 石垣りん 「行く」 

木が 何年も 何十年も 立ち続けているということに 驚嘆するまでに 私は四十年以上生きてきた。 草が 昼も夜も その薄く細い葉で 立ち続けているということに 眼をみはるまでに さらに何年ついやしたろう。 木は 木だから。 草は 草だから。 認識の出発点は …

  ゲーテと立原道造の「旅人の夜の歌」

旅人の夜の歌 立原道造 降りすさんでいるのは つめたい雨。 私の手にした提灯はようやく 暗く足もとをてらしている 歩けば歩けば夜は限りなくとおい。 私はなぜ歩いて行くのだろう。 私はもう捨てたのに 私を包む寝床も あったかい話もともしびも――それだけ…

  丸山薫「原子香水」

原子香水 わずか一個かの爆薬で 地表の半分を吹きとばすより たった数滴の香水が 世界の窓を 野を 海を われらの思想と 言葉の自由を匂わしてほしい ああ 誰かそんな香水を 発明しないものか 貴重なその一ビンをめぐって 国際管理委員会を設けよ 人類のもっ…

 ポール・クローデル

新聞に二面に渡るドデカイ広告が出ていて、その右一ページが二人の老人のほぼ全身。 二人は肩を抱いている。いったい誰かいな。広告主は出版社だった。 左のページにこんなことが書いてある。 「世界は、日本を待っている。 『私がどうしても滅びてほしくな…