こんな文章が、林望さんの「幻の旅」という本にある。林望さんは、イギリスの旅や日本の旅を、エッセイにつづった。
◇ ◇ ◇
‥‥
Gさんは都立高校の国語の先生で、東京に住んでいたが、心筋梗塞で手術を受け、それ以来郷里に帰って、寺の住職になった。
レンゲ田に耕運機が動いていた。
Gさんが朗誦した。
「雑務俗務、雨滴冷々として春の暮れ」
「それは?」
私は問うた。
「私が心臓で倒れる少し前に、学校の職員室でふと詠んだ俳句みたいなもんです」
「雑務俗務、雨滴冷々として春の暮れ、か‥‥、わかりますね、その気分」
‥‥‥
それから一月ばかりして、私はGさんの訃報を聞いた。突然の死だった。
花、若草、霞の遠き野に立ちて
法(のり)を説きいし 人も死にたり
寺を覆っていた黒い森が思い出された。
駅はずいぶん前に閉じられ、鉄路は赤く錆びている。
‥‥枕木のはざまから夏草が伸び、もう忘れよ、すべては終わったと告げていた。
看板があった。
「本駅は、昭和〇5月31日をもって閉鎖しました。長い間利用いただきまして有難うございました。」