2015-11-01から1ヶ月間の記事一覧

 ナチュラリスト・田淵行男の生き方 <3>

田淵行男は、昭和36(1961年)に牧から豊科に移り住んでいる。近藤信行は、そのことについてこう書いている。 「自然観察、昆虫の生態研究のための絶好のフィールドであった牧を、なぜ離れることになったのか。さまざな理由が考えられる。 買い物にしても日…

 ナチュラリスト・田淵行男の生き方 <2>

田淵一家が安曇野に疎開したのは、1945年(昭和20)7月、当時の西穂高村の、農家の蚕室だった。娘と息子は地元の女学校と中学校に転校する。そのころの安曇野を田淵がこう書いている。 「野道を歩いても、草むらに踏みこんでも、疎林に立ち寄っても、粗野で…

 ナチュラリスト・田淵行男の生き方 <1>

一冊の新刊書が図書館に入ったところに展示されていた。「安曇野のナチュラリスト 田淵行男」(近藤信行著 山と渓谷社)とある。手にとってすぐさま借りることにした。11月15日に出版されたばかりの本だ。田淵は高山蝶の研究家であり、山岳写真家でもある。「…

 大阪の教育に観る危機

待ち合わせ場所は紀伊国屋書店のインターネット本のコーナーだ。行くと男がいる。きれいな白髪頭だ。 「ゴンパチ君!」 小声で呼ぶと、振り向いた。当たり! 彼だ。地下街の喫茶店に移った。 「ぼくもこんな調子」 帽子をとって、毛の薄くなった坊主頭を見せ…

 明石で観たもの

明石公園の池 初めて明石の街を自転車でぐるぐると走った。 明石に住んでいる息子一家の孫たちに会うのが楽しみで、安曇野から明石まで列車で行った。 土曜日は、上の孫の小学校での劇の発表会があり、それを観てから下の孫と校庭の遊具で遊んだ。 午後、嫁…

 帰還兵はなぜ自殺したのか <2>

11月11日の新聞記事は「2016年米大統領選 分断大国」という特集だった。そこに2001年、アフガンに第一陣として派遣されたライアン・カウフマン元兵士のことが掲載されている。 カウフマンさんは、今は故郷のネブラスカ州で退役軍人を支援する活動をしている…

 帰還兵はなぜ自殺したのか <1>

アメリカの帰還兵が、一日平均18〜22人も自殺しているという。 「アフガンとイラクからの帰還兵は全米に二百数十万人いる。米シンクタンクのランド研究所の研究では、その約20%が、戦闘体験や恐怖から、心的外傷後ストレス障害(PTSD)や、うつ症状をわ…

 内山節の「自然の奥の神々」

白樺は、黄色く色付き、ヤマボウシとハナミズキは紅く色付いた。里山のカラマツも黄金色になりつつある。 子スズメたちの初めての冬の宿は、白バラとモッコウバラが織りこんだ茂みだ。毎朝毎夕、スズメたちは群れ、茂みの枝に止まって羽づくろいをし仲間たち…

 合唱の道“バルト街道”

バルト三国の合唱のCDが目にとまった。エストニアとラトビアの合唱団のCD三枚、市の図書館の音楽コーナーの棚にあった。借りて帰って、早速聴いた。 民謡を交えた素朴な歌詞の、美しいハーモニー、「花冠を抱いて」という歌があり、いい曲だなあと思いつ…

 豆打ち

緑枝はんが旧制中学の時に使っていた竹刀が役に立ちます。毎年この季節になると、緑枝はんの竹刀を出してきて、豆打ちに使うんです。 10年前、ぼくらが金剛山の麓の村から安曇野に引っ越すとき、緑枝はんの竹刀も、家財道具と一緒に入っていたんです。引っ越…

 柳生博と柳生信吾 八ヶ岳の物語

柳生真吾さんがもう半年前に、亡くなっておられたんだ。家内は以前にそのことをぼくに伝えたというのだが、ぼくの頭に入っていなかった。たぶんそれを妻から聞いた時、考え事をしていて上の空だったのだろう。 俳優の柳生博さんの長男で園芸家の柳生真吾さん…

 市議会と市議会議員

「北欧などの地方議会では、議員は別の仕事をしながらのボランティアということが多いですね。ですから、職業政治家、職業官僚が本当に必要なのかは、一度きちんと見直した方がよいと思います。」 鈴木健(学術博士 自然哲学)がこう言うと、養老孟司がこん…

 絶望しない精神 <4>

統合失調症などをかかえる人たちが暮らす共同体、北海道「浦河べてるの家」を創ったソーシャルワーカーの向谷地生良さんが、自分の中学生の時のことを書いている。(「安心して絶望できる人生」NHK出版) 「浦河のなかで暮らしていくうえで出会うさまざま…

 絶望しない精神 <3>

「遂にある日、その時は来た」、囚われのユダヤ人たちの解放の日である。自由になった。束縛、暴力、飢餓、死から解放される。フランクルの、その日の記録。 「人はがつがつと食べ始めたのである。人びとは何時間も何日も夜遅くまでも食べるのであった。 あ…

 絶望しない精神 <2>

フランクルは、また次の有名な言葉を残した。 「それでも人生にイエスと言う。」 次の文脈にそれはある。 「人間のあらゆることにもかかわらず――困窮と死にもかかわらず、身体的心理的な病気の苦悩にもかかわらず、また強制収容所の運命の下にあったとしても…