戦争と平和

詩の玉手箱   滅びに至る人類か 原民喜の詩

主よ、あわれみたまえ、家なき子のクリスマスを 今 家のない子は もはや明日も家はないでしょう 今 家のある子らも 明日は家なき子になるでしょう あわれな おろかな我らは 身と自らを破滅に導き 破滅の一歩手前で立ち止まることを知りません 明日 ふたたび…

詩の玉手箱 石垣りん「弔詞」

石垣りんは、大正九年生まれ。小学生の時から詩を書いた。戦中戦後、職場の新聞や労働組合の機関紙にも詩を発表し、第一詩集は昭和34年出版された。 「弔詞」という詩がある。石垣りんは、職場新聞に掲載されていた105名の、戦争で亡くなった人の名を見て、…

「星は見ている」藤野としえ

ヒロシマ原爆によって全滅した広島一中(旧制中学)は爆心地から800メートルしか離れていなかった。校舎は一瞬にして倒壊し、生徒359名と教職員12名が命を奪われた。 ひとりの生徒の母、藤野としえは、手記「星は見ている」をつづった。 原爆投下の前日、夕…

清沢冽の「暗黒日記」から

第二次世界大戦後おおやけにされた清沢冽の「暗黒日記」、ばれたら身に危険の及ぶ内容を清沢は率直に日記に書いていた。 昭和18年2月25日 正木という弁護士の小雑誌は驚くべき反軍的、皮肉的なものである。戦時下にこれだけのものが出せるのは驚くべし。これ…

「初年兵 江木の死」

「初年兵江木の死」という短編小説を、大正9年、細田民樹が発表している。 召集を受けて軍に入った江木は、激烈非道な演習によって命を絶った。軍隊とはどんなところなのか、その一端をこの小説でうかがうことができる。軍隊とはどんな組織なのか、作者の筆…

詩の玉手箱「午後のレモン水」(中村千尾)

午後のレモン水 中村千尾 午後のお茶の時間が どこの家にもやってくる 歌時計のカリヨンの音と 歯にしみるほど冷たいレモン水から 私の神話が生まれてくる この時間には とつぜん全世界に平和が来る ホワイトハウスもクレムリンも 人々は安楽椅子にもたれて…

到来する危機

「熱帯雨林が滅びつつある。この森が滅ぶと地球上の酸素が足りなくなる」 1960年ころ、こういう警告を発したのは西丸震哉だった。西丸は農林水産省の研究室長をつとめ、パプアニューギニア、アマゾン、アラスカ、南極など世界の秘境を探検調査し、環境観察と…

「戦争は女の顔をしていない」 <3>

女性兵士の次の声もここに取り上げておきたい。。 「兵隊の一人が、銃を撃つのをいやがったんです。『できない、わたしは人を殺したくない』 彼は軍事裁判にかけられ、銃殺でした。 あたしは、自分が殺した人の顔を見なかった。今は、自分が殺そうとしていた…

「戦争は女の顔をしていない」 <2>

第二次世界大戦でのソ連軍には、多くの女性が軍に入っていた。伍長で衛生指導員の肩書を持つ女性タマーラへの聞き書きは長い。その長い語りでスヴェトラーナ・アレクシェービッチの「戦争は女の顔をしていない」は締めくくられている。 タマーラは、アレクシ…

民衆は必ず決起するだろう

第二次世界大戦時の米軍による大阪大空襲を、私は体験しているから、ロシアの侵略で破壊され焼かれているウクライナの街をテレビで見ると、心身に強い痛みを感じる。 戦時期を生きた人の恐怖の記憶は消えることはなく、人類学者で解剖学者でもあった香原志勢…

敗戦の焼け跡で語られた「世界国家」構想

1945年、大戦で全土が空襲で焼かれ、原爆を落とされ、無条件降伏した日本。米軍占領下、住むところなく、飢えに苦しむ日本に、いち早く戦後民主主義の構想を立ち上げていった人々がいた。 敗戦後一年余、「世界国家」という雑誌が創刊された。主幹は賀川豊彦…

天に代わりて不義を討つ

私が生まれた年に日中戦争が勃発した。ラジオは日々、戦果を放送した。幼児の私は軍歌を聴きおぼえて、よく口ずさんでいた。歌詞の意味はなんとなく分かった。 天に代わりて不義を討つ 忠勇無双の我が兵は 歓呼の声に送られて 今ぞ出で立つ父母の国 勝たずば…

「土の歌」をモスクワへ

今朝テレビで、「土の歌」(大木淳夫作詞、佐藤真作曲)の混声合唱を聴いた。胸がふるえた。この曲のフィナーレ、「大地讃頌」は感動的で、地元のコーラスでも以前よく練習し、アルプス公園での数百人の大合唱にも加わって歌ったことがある。 「土の歌」を聴い…

人類は進化しているのか

今朝、ついに初霜おりる。気温二度。 一昨日は、白馬連峰が初冠雪。 昼間、庭の木漏れ日のあたるところに、赤とんぼが止まって、ひなたぼこしている。冬が近づいている。 今は亡き小田実を想う。彼はエーゲ海のサントリーニ島の沖に散骨され、海に眠る。 彼…

「日日是好読」から

先日、新船海三郎君が送ってきてくれた彼の近著「日日是好読」(本の泉社)を読んでいる。2019年3月から彼が書いてきた気ままな読書の気楽な書評集だ。なんと125冊の感想、書評。よくまあ読んだもんだ。よくまあ書いたもんだ。通勤電車のなかでは、もっぱら…

一枚の切り抜き

書類の中から、「天声人語」の切り抜き一枚がひらりと出てきた。昨年の7月31日の記事だ。読み返してみて、いろいろ思いが走る。 読みやすいように、その記事の体裁を少し変えてここに載せる。 天声人語 <断固たる意志 偉大なる栄光>。ロシア国歌の一節だ。…

戦争論 12

吉本隆明の「私の戦争論」。 アジア太平洋戦争回避の道はあったか。 「回避の道はあったと思う。当時の日本国の責任者、政府首脳が、アジアに植民地を持っていた欧米諸国の首脳よりも、もっと高度な視点をもち、そうして事態に対処していれば回避できたんじ…

戦争論 11

新船海三郎君は、これまでの世に出ている膨大な戦争文学を読み、「戦争は殺すことから始まった」という著書を出版している(「本の泉社」)。 「黙殺、忘却、無視‥‥は過去のことではない。現代日本もそうである。私たちは屑籠をあさってでも、引っ張り出して…

戦争論 10

高橋源一郎は、古山高麗雄の戦争小説を高く評価した。 「古山は、戦争という大きな物語を、小さな個人の物語に接続させることに生涯を費やした。」 1920年、植民地朝鮮の新義州で生こまれた古山は、京都三高に学び、1942年に軍に召集された。入隊した古山は…

戦争論 9

高橋源一郎が、「ぼくらの戦争なんだぜ」という本を8月に出した(朝日新書)。今読んでいる。 この本の中に、大岡昇平の小説「野火」についての論が長くつづられている。 戦争小説と言えば「野火」だ。「野火」は大岡昇平の経験にもとづいて書かれた。 「野…

戦争論 8

重田園江さん(明大教授)が、「戦争への悔恨をかみしめて」という評論を書いていた(朝日新聞8,23)。それはジョン・ダワーの「敗北を抱きしめて」につなげる想いである。 1945年の日本の敗戦後、戦地の日本人が出会った悲惨も、焦土と化した日本国内の…

戦争論 7

「野火」「俘虜記」「レイテ戦記」など、兵士としての戦場体験を大岡昇平は書いた。 「戦争」という語り口の著書がある。そこにこんなことを書いている。 トルストイの「戦争と平和」は、ロシアが戦争に勝ったから書けた。私は負けた側から、戦争とは何かを…

戦争論 6

<堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像」から> しばらくうとうとしていて、不意に鋭い汽笛の音で眼が覚めると、自分は明後日から、自分の家に帰るものではなくなるだと、気づかされた。 そうして、人間が自分の家へ帰るものではなくなるとなると、その先の方…

戦争論 5

この時季、テレビでは戦争特集の番組が多く、あの吉田満の記した記録「戦艦大和ノ最期」のドキュメンタリーを、再び見た。 満20歳、学徒出陣により海兵団に入団した吉田満は、予備少尉に任官、「戦艦大和」に乗艦した。 1945年、敗戦間際、戦艦大和に沖縄へ…

戦争論 4

朝日新聞の8月12日、政治学者豊永郁子氏の寄稿文が一面全部に載っていた。 タイトルは「ウクライナ 戦争と人権」 見出しは、 犠牲を問わぬ地上戦 国際秩序のため容認 正義はそこにあるか この原稿の最後は、次のような文章でしめくくられていた。 ☆ ☆ ☆ 「最…

戦争論 3

加藤陽子さんは、「歴史の誤用」というものを指摘していた。 「政治的の重要な判断を下す人は、過去の出来事について、誤った評価や判断を導き出すことがいかに多いか。」 アーネスト・メイは、アメリカのベトナム戦争について研究した。 「なぜこれほどまで…

戦争論 2

小学生のころ、友だちが、「日本は無条件降伏や」と言った。「無条件降伏って、なんや」、ぼくは聞いたが、だれも知らない。先生からも説明がなかった。 1945年7月26日、アメリカ、イギリス、中国の出したポツダム宣言は、戦争終結の条件を示したものだった…

戦争論 1

ルソーが戦争論を書いていたのを知らなかった。加藤陽子(東大教授)の著書「それでも日本人は『戦争』を選んだ」(朝日出版社)で、加藤はこんなことを書いている。 「戦争のもたらす根源的な問題は、ルソーが考えた問題でした。ルソーの論文は日本語訳がな…

今オレたちは何をしているのか

1965年2月に、アメリカ軍が北ベトナムへの爆撃を開始して始まったベトナム戦争。今のロシアによるウクライナ侵攻のニュースを見るにつけ、あの頃の反戦運動の大きな高まりを思い出す。 飯島二郎は書いていた。 「アメリカ軍は宣戦布告無しに、北ベトナムに、…

小さな人間の価値

小田実が亡くなったのは2007年、阪神大震災の後、小田は、 「人は殺されてはならない。棄民にされてはならない」 「政府は、『住専』の破綻に対しては公的資金を投入するが、震災で家や財産を無くした被災者にはびた一文も出さない。これが人間の国か」 と、…