戦争論 9

 

 

 高橋源一郎が、「ぼくらの戦争なんだぜ」という本を8月に出した(朝日新書)。今読んでいる。

 この本の中に、大岡昇平の小説「野火」についての論が長くつづられている。

戦争小説と言えば「野火」だ。「野火」は大岡昇平の経験にもとづいて書かれた。

「野火」は、アジア太平洋戦争の末期のフィリピンが舞台。日本軍はバラバラになり、食料も武器も尽きて敗走を重ねる、その悲惨をつづる。源一郎は書いている。

 

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 「野火」は戦争文学の頂点に立つ。これほど戦争の本質に迫った小説はない。

「野火」は、「彼らの戦争」について描かれ、戦争を通じて、ついには世界の外側に抜け出ていったものたちの物語なのだ。

 「野火」の世界だけではない。世界の「外」へ抜け出てしまった人間の物語はたくさんある。ぼくたちが道徳的であると、倫理的であると、そう考えているものとは背馳した「道徳、倫理」に従う者たちの物語である。そのような者たちの行うことを見て、ぼくたちは驚愕し、恐怖にかられ、人間のすることではないと思う。しかし同時に、心の底ではやはり、それもまた人間のすることなのだとつぶやく。

 世界の内側から外側へ、そこには越えられぬ壁があるわけではない。もしかしたらほんの少しのきっかけで、ぼくらはみんなその壁を超えてしまうかもしれないのだ。

 ぼくたちはみんな、大きなものに巻きこまれたいのかもしれない。

 「戦争」は悲しい。しかし同時にどこかぼくたちを魅了するところがあるような気がする。そのことこそがもっとも恐ろしいものなのかもしれない。

 だとするなら、ぼくたちに必要なのは、最後まで世界の「内」にとどまる、「ぼくらの戦争なのかもしれない。」