<堀田善衛「若き日の詩人たちの肖像」から>
しばらくうとうとしていて、不意に鋭い汽笛の音で眼が覚めると、自分は明後日から、自分の家に帰るものではなくなるだと、気づかされた。
そうして、人間が自分の家へ帰るものではなくなるとなると、その先の方には何か凶暴な、まがまがしいようなものが、黒々と伏在するようになるらしい。
「ははあ、これが戦争なんだな」
と思う。
家へ帰り着いて、召集令状というものを見せつけられた。赤紙というだけのことはあって、へんに桃色がかった紙に印刷してある。
つくづくと眺めてみて、「臨時召集令状」――
臨時たあ何だ、人を招集しておいて臨時もないもんだ、無礼千万な、‥‥召集というからには天皇の名において発せられ、それで召されるのであってみれば、印刷ででも天皇の署名と印があるものだろう。そんなもの影も形もなく、「富山聯隊区司令部」とあるだけであった。生命までよこせというなら、それ相当の礼を尽くすべきものだろう。それは背筋が寒くなるほどに無礼なものだった。‥‥
速達が来ていた。封を切ってみると原稿用紙一枚が入っていた。それに短い詩が書きつけてあった。
応召の歌
波よ お前を見ていると僕のようだ
激しく打って行く
ただ泡だけだ
岩がある
悲しい足音の砂原がある
ああ 海を行こう
ああ、山を行こう
絶唱というのはこういうものだろうか。心臓の鼓動が速くなった。東北の寒い漁村の宿屋の囲炉裏に座って、「しばらくプルーストでも読んで」と言って別れた彼に、追い打ちをかけるように召集令状が来ていた。
☆ ☆ ☆
ああ 海を行こう
ああ、山を行こう
ここから連想するのはあの歌。学徒出陣壮行会での悲壮な大合唱。
「海行かば みずくかばね 山行かば 草むすかばね 大君の辺にこそ死なめ かえりみはせじ」