「戦争は女の顔をしていない」 <2>



    第二次世界大戦でのソ連軍には、多くの女性が軍に入っていた。伍長で衛生指導員の肩書を持つ女性タマーラへの聞き書きは長い。その長い語りでスヴェトラーナ・アレクシェービッチの「戦争は女の顔をしていない」は締めくくられている。

    タマーラは、アレクシェービッチへの語りの最後に、こんな話をしていた。

 

   「‥‥戦争中、どんなことにあこがれていたか分かるかい。戦争が終わるまで生き延びられたら、戦争の後の人たちはどんなに幸せだろう。こんなにつらい思いをした人たちは互いをいたわり合うだろうと。

    ところがどうよ、‥‥またまた殺し合ってる。いったいこれはどういうことだろう。え? 私たちってのは。

    スターリングラード近くでのこと、あたしは負傷兵を二人引きずっていく、まず一人、つづいて二人、ひどい重傷を負っていた。

  ‥‥戦闘のただなかから抜け出して、よく見ると、一人はドイツ兵なのさ、あたしは仰天した。あたしはドイツ兵を救っているんだよ、パニックになったよ。二人とも黒く焦げていた。

 ‥‥どうしよう、このまま置き去りにしたら出血多量でそのドイツ兵は死んでしまう。

 

    ‥‥あたしは這っていって二人とも交互に引きずってきたよ。いちばん恐ろしい戦いだった。

 

 ねえ、あんた、ひとつは憎しみのための心、もう一つは愛情のための心ってことは、ありえないんだよ。人間には心が一つしかないよ。

 自分の心をどうやって救うかって、いつもそのことを考えてきたよ。

 戦後何年たっても、空を見るのが怖かった。耕した土を見るのもだめ、でもそのうえをミヤマガラスたちは平気で歩いていたっけ。小鳥たちは、さっさと戦争を忘れたんだね。」