詩の玉手箱「午後のレモン水」(中村千尾)



 

     午後のレモン水

             中村千尾

 

 

午後のお茶の時間が

どこの家にもやってくる

歌時計のカリヨンの音と

歯にしみるほど冷たいレモン水から

私の神話が生まれてくる

この時間には

とつぜん全世界に平和が来る

ホワイトハウスクレムリン

人々は安楽椅子にもたれて休息する

木陰のある国々が

動乱の夢の中で

人間らしい団欒を楽しんでいる

「あなたもお茶をどうぞ」

「私 お砂糖はいりません」

文明の午後はこの一瞬だけでも失ってはならない

新しい神話のために

 

      ☆    ☆   ☆

 

 村野四郎(詩人)は、この詩についてこんなことを書いていた。

 「三時のレモン水を飲みあう生活の団欒に寄せて、世界の平和を思う。やさしく、おおらかに、虹のような美しさで。

『神話』とは、実現不可能な悲願を込めた、平和へのイメージにほかならない。

『私 お砂糖はいりません』には、世の平和論への諧謔(ユーモア)と風刺が、鋭く隠されている。」

        ☆     ☆     ☆

 人は殺され、街は破壊され、住むところ、食べるものがない。そのような状況をウクライナにもたらしながら、ロシアの国家権力者は、暖房のきいた豪華な部屋でコーヒーを飲み、ウォッカを味わっているのだろう。