清沢冽の「暗黒日記」から

 

 第二次世界大戦後おおやけにされた清沢冽の「暗黒日記」、ばれたら身に危険の及ぶ内容を清沢は率直に日記に書いていた。

 

 昭和18年2月25日

 正木という弁護士の小雑誌は驚くべき反軍的、皮肉的なものである。戦時下にこれだけのものが出せるのは驚くべし。これを書いた彼の勇気、驚くべし。彼は徹底的にデモクラットで、文章も非常にうまい。

  3月4日

    各方面で、英米を憤ることを教えている。秋田の横手では、チャーチルルーズベルトのワラ人形をつくり、女、子供に竹槍で突かせていると、毎日新聞は報じている。封建時代の、かたきうち思想だ。そうした思想しかない人が、国民を指導している。

  4月24日

    昨年の4月、帝都(東京)空襲の米人を死刑に処したので、米国が日本を野獣のように言っている旨、今朝の新聞は報ず。そして抗議が来たそうである。米国その他の世論が、いかに悪化しているかは、想像に足る。この米国の世論が戦争遂行にどんなに大切なものであるかは、今の日本の指導者には絶対分からぬ。力主義のみだからである。日本では、開戦の文書も発表されず、東京の俘虜の問題についても、いっさい国民に知らさない。そして新聞は米国の秘密主義を攻撃している。日本の民衆の知識はこの程度のものだろうか。そうだとすればダメだ。来るべき新しい時代には、言論の自由の確保が、――個人の名誉に対する不当な毀損に対しては厳罰を条件として――政治の基調とならなくてはならぬ。

  5月22日

    山本五十六大将戦死を昨日発表さる。

    正宗白鳥氏は、「子どもを殺しても、それを運命的に見ている。日本国民は戦争の前途に大した不安を持っていない」と話していた。そうだろうと思う。暗愚なるこの国民は、一種の宿命観を持っているのだ。

 5月24日

    中央公論(雑誌)の小説「細雪」(谷崎潤一郎)は評判のものだが、掲載を中止した。「決戦段階たる現下の諸要請より見て、好ましからざる影響あるやを省み、遺憾にたえず」だと社告にある。

    山本元帥の死は、非常なショックであった。しかし近頃のラジオと新聞のように、朝夕くり返されると、うんざりする。指導者たちはサイコロジー(心理学)を知らぬ。もっとも一般の国民にはその方がいいのか。

 

    清沢冽はアメリカで苦学し、政治経済を研究して、雑誌や新聞の論説委員をつとめ、日本外交の評論家として知られていた。敗戦の三カ月前に肺炎で死んだが、彼はひそかに「暗黒日記」に日本の軍国主義批判、戦争批判を書いていた。