「野火」「俘虜記」「レイテ戦記」など、兵士としての戦場体験を大岡昇平は書いた。
「戦争」という語り口の著書がある。そこにこんなことを書いている。
トルストイの「戦争と平和」は、ロシアが戦争に勝ったから書けた。私は負けた側から、戦争とは何かを書こうとした。
戦場で思った。
この戦争は負け戦だ。どうせ殺される命なら、どうして戦争をやめさせることに命をかけられなかったのか、そういう思いが頭をかすめた。
目前に死をひかえた自分はどういうふうに一夜を生きたか、その一夜がいかに奇怪なものだったか。
自分は生きながらえて日本に帰った。マッカーサーが言った。「日本全体が強制収容所だったのだ」。
中原中也は昔の友だちだったが、あまり読まなかった。けれど、昭和18年、いよいよ戦場に行かなければならなくなり、何気なく中原中也を読んだ。変に心にしみた。
丘々は
胸に手を当て
退けり。
夕陽は
慈愛の色の
金の色。
かかる折しも我ありぬ
幼児に踏まれし
貝の肉。
かかる折しも剛直の
さあれゆかしきあきらめよ
腕拱きながら歩み去る