2018-01-01から1年間の記事一覧

 風景の中の色

枯れ野の向こう、わずかな麦の緑が混じっているが、そこを越した遠くの方を歩いている赤い点が目にとまる。一キロ以上離れているから、芥子粒ほどだが、それが見える。視界を占めているくすんだ色のなかにあって、赤が目を引く。赤色の特色なのだろう。だか…

 あげひばり

ここ数日、ヒバリと出会う。ヒバリくん、よくもどってきてくれたね。 安曇野に住んでいた写真家の田淵行夫は晩年、「ヒバリの声が聞こえなくなった」と環境劣化を嘆いていた。ぼくも安曇野に来て、ああヒバリがいない、と寂しい思いをしていたが、二年前、麦…

 戦争の闇うったえて兜太死す

安全保障関連法案に反対した金子兜太は「安倍政治を許さない」と墨書したプラカードを掲げた。 金子兜太は2月20日に、誤嚥性肺炎による急性呼吸促迫症候群のため死去した。98歳だった。 兜太は戦時中、海軍の中尉だった。 金子兜太は大学を卒業し日本銀行に…

 ドイツの償い  

犯した罪への心の痛みを、鋭く感じる人とそれほど感じない人とがいる。国という大きな組織集団が犯した罪は国家が贖罪しなければならないが、そのとき、国の犯した罪に対して、国民として痛みを感じる人と感じない人とがいる。 日本とドイツの戦後の贖罪の歩…

 謎の古酒

戸棚の奥の方から、古ぼけた一本のビンを家内が引っ張り出してきた。 「こんなのが出てきた。」 見ればワインか何か、酒のビンだ。ほこりもついた、色あせたレッテル。 「あー、それかいな。」 さよう、奈良の御所から持ってきた、あのナゾの古酒。まだ、そ…

 映画「ヒトラーに屈しなかった国王」

家内がもらってきた映画上映のちらしを見て、観に行きたいと思ったのは一月の中ごろだった。ノルウェイ映画「ヒトラーに屈しなかった国王」、ノルウェイの原題は「国王の拒絶」。ノルウェイでは大ヒットして、七人に一人が観たという。 上映館は塩尻市にある…

 国分功一郎の警鐘:平和主義も個人主義も理解されない「言葉の失墜」と呼ぶべき事態

国分功一郎の寄稿を今朝読んだ。(朝日) 彼は哲学者である。こんな論だった。(要旨) <戦後日本の憲法学を牽引してきた学者たちの言葉はどこか文学的だった。憲法学者の言葉が広く読まれてきたことは戦後日本の特徴かもしれない。どうして憲法が文学と関…

 オリンピックの異状

ピョンチャン冬季オリンピックが終わり、これからパラリンピックが開催される。 雪と氷の教義を観ていて、「よくやったねえ」と思うのは、世界からやってきたアスリートたちもそうだけど、韓国の人びとがこの大イベントを成功させるためにやりきった努力だっ…

 市民の声は行政にとどくか

赤レンガの東京駅、美しい。だがその背後に、にょきにょき近代ビル。京都でも奈良でも、なんでここにこういうのを建てたんや、と思う。すべては後の祭り、日本にはそういうことは山とある。沖縄辺野古の海を埋め立てて米軍基地をつくっている。辺野古の海に…

 内村鑑三、田中正造、石牟礼道子

今年一月に出版された「内村鑑三 悲しみの使徒」(若松英輔 岩波新書)のなかに、「いのちの世界観――内村鑑三から石牟礼道子へ」と題する項があった。そこに次のような文章があった。 <石牟礼道子が内村鑑三にふれた「言葉の種子」と題する作品がある。二人…

 夜明け

朝、まだ薄暗い。東の山際は朝焼けがきれいだ。日の出が近い。 道の向こうに赤っぽい服が見える。あの少年だ。彼は中学一年生、とぼとぼと歩いてくる。ランを連れて近づいていくと、いつものように寒そうに手をポケットにつっこみ、頭をフードでおおって、こ…

 石牟礼道子追悼

「苦海浄土」を教材にできないか。水俣の方言が浜の香のようにつまった石牟礼道子の文章は不知火海の調べだ。水俣病という悲惨の中で生きる人間の魂を感じる。方言は命の響き、文章の香りは魂の輝きだ。公害の原点を文学として描きあげた石牟礼道子の文章は…

 ファシズム

60年、日米安保条約が、国会の強行採決で採決され、有無を言わせぬ強引なやり方で反対運動を押しつぶした。 その時、竹内好は、「政府の強行採決を見過ごすことは、国家権力の独裁制への道を拓くことだ、民主か独裁か、どちらの道を歩むかという分岐点にある…

 今の日本の政治と竹内好の見た8.15

中国文学研究者の竹内好(1910〜1977)は33歳で召集され、中国戦線に配属された。部隊は老兵や学徒兵や寄せ集めの弱卒ばかりで、それでも実戦に出た。彼は殺さなかった。敗戦のとき部隊は洞庭湖にのぞむ岳州にいた。 戦後1953年、雑誌「世界」に「屈辱の事件…

 ネコの冒険(ぼうけん)

窓からのぞいたら、田んぼ向こうの雪のあぜ道を黒い動物が歩いていました。キツネの巣のある草やぶと雑木の林が東の方にあります。そっちの方から歩いてきたようです。その黒い動物はキツネではありません。小型の犬ぐらいの大きさかな、いえいえもうちっと…

  美しい風景にはたおやかな香りがある

故郷の風景が壊されていくと感じたのは、高校生のときだった。地元には西国札所の葛井寺(ふじいでら)があり、見事な石垣が境内を囲んでいた。石垣の内側の境内にはイチョウやケヤキの大木があり、街道を覆うように枝を伸ばし、晩秋になると街道いっぱいに落…

 キツネのねぐら

圃場整備で道はみんな直線になっている。大型機械が入れて、作業が効率的にできるように、一枚の田んぼの面積を広げて正確な方形につくり、道路は広げられて直線に変えられた。 自然界には直線がない。すべては曲線である。直線は人工的なものであり、だから…

 雪原

昨夜は風が強かった。今朝の雪原は風に流された積雪が風に固められ、風紋ができている。風成雪だ。 雪上を歩いた人や犬やキツネの足跡はすべて消え、新たな雪野に変わっていた。 ここ数日の冷え込みは鋭かった。 いちばん冷えた時は氷点下14度だった。暖房…

 雪ちゃんから来た賀状

雪ちゃんから、久しぶりにメールが入ったのは9日だった。中国武漢大学で教えたのは2002年から2003年。彼女は卒業してから北京で就職し、ぼくが2005年に北京の労働部研修所で教えていたとき再会した。その後彼女は結婚して子どもも生まれ、四川省の大学の先…

 街道と宿屋

明治20年に日本に来たイギリスの宣教師ウォルター・ウェストンは、日本に大変な興味を抱き、好奇心の塊になって日本の山野、街を探検し、日本を研究した。彼は三回日本に来て、合わせて20年日本に滞在している。日本の近代登山の父と呼ばれ、「日本アルプス…

 魯迅に「非攻」という小説がある

中国の戦国時代に、「墨子」(紀元前470年ごろ〜紀元前390年ごろ)という思想家がいた。今から2500年も昔の話。 魯国の墨子は、一視同仁や、非戦・反戦をとなえた。一視同仁は、人を差別せず、すべての人に平等に仁愛をもって接すること。非攻は、非戦・反戦…

 プリーモ・レーヴィ「これが人間か」

プリーモ・レーヴィの著作「これが人間か」には、「アウシュビッツは終わらない」のサブタイトルがついている。今も続いているし、これからも続くという予感である。 プリーモ・レーヴィは、イタリア系ユダヤ人で、1944年、アウシュビッツ強制収容所に入れら…

[教育] 『人間に成る』仕事

一九二五年に魯迅は学生との往復書簡(両地書)を記録している。 魯迅に学生が問う。 「教育は人間に対してどれほどの効果があるものでしょうか。私にはどうしても解りません。世界各地の教育、その人材を育成する目標はどこにあるのでしょうか。国家主義、…

 ポール・クローデル

新聞に二面に渡るドデカイ広告が出ていて、その右一ページが二人の老人のほぼ全身。 二人は肩を抱いている。いったい誰かいな。広告主は出版社だった。 左のページにこんなことが書いてある。 「世界は、日本を待っている。 『私がどうしても滅びてほしくな…

賀春

年の暮れは、春を迎える準備にあれやこれやとやることがあった。 東西に伸びる畑の畝(うね)の、天地返しは冬耕と呼ぶ。スコップの上端を右足で踏んで土に刺し込むと、畝の南側ではぶすりと入り込むが、北側ではもう凍土になっていて固い。わずかな畝の高さの…