市民の声は行政にとどくか


 赤レンガの東京駅、美しい。だがその背後に、にょきにょき近代ビル。京都でも奈良でも、なんでここにこういうのを建てたんや、と思う。すべては後の祭り、日本にはそういうことは山とある。沖縄辺野古の海を埋め立てて米軍基地をつくっている。辺野古の海には大きな藻場があり、多くの種類のサンゴが生きている。ジュゴンの好物の藻場があり、サンゴの大群落にはクマノミが群れ、オアシスになっている。湾奥にはマングローブ林がある。生物の多様性が高く、沖縄県は「自然環境の厳選な保護を図る海域」、環境省が「日本の重要湿地500」に指定している。そこに飛行基地。反対運動を起こしても、どんなに叫んでも、建設は進められていく。

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 昨晩、居住区の住民の会合があった。この地域全体に圃場整備が行なわれており、旧来の田畑をつくり替えている。ブルドーザーが唸りを立てて土を削る、ショベルカーが土を盛り上げる、ダンプカーが走り回る。乾燥する季節は土煙りが煙幕のように舞いあがる。
 なんでこんな工事をするのだろう。理由はある。大型の農業機械が入れて、耕作が効率的にできるからだ。農業者も高齢化し、数が減り、農業振興には、専業農家を大規模化する必要がある。
 しかし十数年前の計画が今行われているのだが、住民には農業者以外の人も多くなり、環境全体をつくりかえるプロジェクトは、多様な視点から調査研究が要るのではないかと思う。どうも農業政策一辺倒で進められている感じがする。
 そこでぼくは、行政への提言として、意見を地区の集会で発表した。一市民の声は行政にとどくかといえば、難しい。しかし黙っていては、「後の祭り」を積み重ねるだけになる。

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行政諸機関へ
堀金扇町区中木戸21班、住民の意見
  圃場事業に伴う環境変化について

 
 扇町区・中木戸21班の6人が寄りあって話し合いました。以下はその時の意見の報告です。
1、広域農道から分岐して山麓線に至る道路について
 私たちの住宅は圃場整備によって広げられた幅6メートルの農道に面しています。広域農道からアルプス公園へ一直線に伸びるこの道路は、貫通すれば車の通行量は大きく増えることが予想され、生活環境への影響は必至です。山麓線手前で今は工事を終了と聞きますが将来直結となれば、かなりの車がスピードを上げて通行するでしょう。これと交差する、穂高地区と堀金扇町区を結ぶ南北の道路はスピードを出す車がこれまでも数回事故を起こし、歩行者が身の危険を覚えることは何度もありました。新道が舗装され広域農道につながれば、新道と南北道路の交差点で、事故の危険性がいっそう高くなることが予測されます。広域農道から山麓線までは将来に渡って貫通させないようにしてほしいです。
2、圃場整備が地域環境に及ぼす多面的影響
 圃場整備は地域社会の環境、景観、健康、教育、文化、生物、観光など多様な面に影響を及ぼします。
A 環境・景観への影響
 圃場整備後、圃場一枚がすっきり広くなりました。しかし、景観は無機質になりました。道路や圃場の畔がすべて直線で画一的になり、景観美が乏しくなりました。生命感が薄くなったようです。自然界はすべて曲線です。直線は人工物のみです。山川も動植物も曲線、人体も曲線です。棚田の美は曲線にあります。美しい景観は曲線に充ち、心身を健やかにします。自然が持つメロディ・リズム・ハーモニーは、人間の呼吸、心臓の鼓動、精神に関連します。効率や便利さを追求する現代は、直線の文明です。都市は直線の集積ですから、自治体は緑地課をつくり、緑の自然公園を取り戻そうとしています。
 人間には内的自然があり、特に子どもは曲がりくねった自然の小道を好み、いろんな生き物に出会うことに楽しさを感じます。子どもは野遊び、川遊びが大好きです。が、それらは子どもの生活から消えました。
B 教育、文化、健康、観光への影響
 日本は経済性を優先する開発行政を重視しました。ヨーロッパの国々は、精神の安らぎとなる環境に重点を置きました。ドイツでは、歴史遺産の街を復元し、森、田園、街をつなぐ歩くための街道を全土にめぐらしました。生きる力の源になる環境です。古城街道300キロ、アルペン街道450キロ、メルヘン街道600キロなど距離が長く、「休暇街道」と呼ばれる街道は150ルート以上あります。スペイン国土を貫く巡礼道は何本もあり、フランスからピレネー山脈を越えて歩く道は800キロです。イギリスは、車の入らない、歩く人のためのパブリックフットパスを網の目のようにつくりました。イタリアは古代ローマから続く街道を守っています。美しい自然の道は心を癒します。そういう環境・景観を求めて世界から人がやってきます。日本は車優先です。信州には「塩の道」や「中山道」がありますが、完全に復元していません。江戸時代から残る安曇野の「栗尾道」も歩く人が楽しむ道として保存されていません。安曇野を訪れる観光客の目的地は限られており、ウォーカー、ハイカーはわずかです。
 市民が野外に出て交流できるオアシスを伴う道がほしいです。子どもたちも高齢者も外へ出て歩きたくなる道は文化環境です。それをつくれないものでしょうか。圃場事業が始まる前、歩道や緑の並木をつくる案を検討してほしいと切に思いました。そこには高齢者や足腰の弱い人が途中で腰を下ろせるベンチを各所に設置してほしいと思いました。子どもたちが虫取りできる小さな雑木林もあちこちに復元してほしいと思いました。たとえば大糸線の駅からアルプス公園まで、田園、旧村の家並み、雑木林、オープンガーデンを見ながら歩く美しい道が生まれれば、必ず安曇野の魅力を高める宝になるでしょう。
 木々の数も野草の植生も変わりました。以前見かけたフキノトウカンゾウ、ワレモコウは畔に生き残っているかどうか。トンボ、蝶、バッタ、ホタル、水生昆虫、秋の虫も減りました。「蜜蜂の亡ぶ時、人間も亡ぶ」と言われています。安曇野固有の野草、多様な生物が生き残れる環境ではなくなったようです。野に子どもたちの姿はなく、子どもの暮らし方が激変しています。大人も「歩く文化」を失っています。歩くことの衰弱は人間の精神や健康にも影響します。郷土への愛も衰えます。「歩くのが楽しく人びとの交わる安曇野」を取り戻せないものか。
 環境を変化させる広域事業は、自然、文化、教育、福祉健康などを詳細に検討して実施する必要があります。いろんな分野から多面的に、総合的に調査研究して、未来に生きるプランを練ってほしいと切に思います。