あげひばり



 ここ数日、ヒバリと出会う。ヒバリくん、よくもどってきてくれたね。
 安曇野に住んでいた写真家の田淵行夫は晩年、「ヒバリの声が聞こえなくなった」と環境劣化を嘆いていた。ぼくも安曇野に来て、ああヒバリがいない、と寂しい思いをしていたが、二年前、麦畑だったところに珍しくヒバリが営巣していて、大喜びをした。だが、その後地域が圃場整備の工事によってすっかり姿を変え、ヒバリも消えていた。
 出会ったヒバリは一つがい。散歩の足を止めて、しばしヒバリを観察する。短く小声で、チョビチョビチョビ鳴きながら、声に合わせて細かく羽ばたいて空に上っていく。「ヒイチブ ヒイチブ リトル リトル ツキニシュ ツキニシュ」という昔の「聞きなし」がある。漢字で書けば、「日一分、日一分、利取る、利取る、月二朱、月二朱」。江戸時代にできた「聞きなし」だろうか。ヒバリ君は金貸しかね、それとも金借りかね。
 ぼくが小学生の時、音楽の授業がほとんどまともに行なわれなかったのは、先生がいなかったからで、5年生の時だけ音楽の女の先生がやってきて教えてくれた。いくつかの歌のうち、子どもたちがこの歌になると大声を張り上げたのは、ヒバリの歌。
 「ピ−チク チーチク ピ−チク チーチク ピ−チク チーチク チーチー 
 ヒバリが鳴きだす 麦畑」
 これが一番の歌詞、短い歌だった。子どもたちが好きだったのは、この鳴き声だった。
 繁殖期が始まるとオスが短くさえずりながら空高く上がって行く。今朝も、どこまで上っていくのかと、雨がぽろつく空の黒い一点を見つめていた。上っていく、上っていく。黒い点はついに0.1ミリほどになった。まだ上がっていく。とうとう雲の中に隠れて見えなくなった。声も聞こえない。げに雲雀なり。
 晴れた日には、最高点に達すると、そこでしばらくホバリングしてさえずり、下降に移るときは、「チュービ チュービ」と鳴き声が変化する。しばらく空を見上げていた。ヒバリは見えない。雲のどこらあたりから現れるか見守っていた。すると、すーっと視界の端に黒点の下降が目に入った。忍者のように下降し10メートルほど上空まで下りてきたところから急転直下、落下するように地面に降りて姿が消えた。そのときトビが低空飛行して上空を飛んでいった。ははーん、このトビを警戒したのだな。
 天と地を上下するヒバリ、「揚げヒバリ」と呼ばれる縄張り宣言だ。メスのヒバリは、地表の草や稲株の根元に窪みを掘って、植物の葉や根を組み合わせたお椀状の巣を作り、卵を産む。抱卵期間は一週間足らず。空からはカラスやトビ、地面ではキツネに警戒しなければならない。カラスは特に畑の中を歩き回るから、巣が彼らに見つからないようにすることは難しい。
 日本では、飼い慣らしたヒバリを放ち、そのさえずりと高さを競わせる「揚げ雲雀」と呼ばれる遊びがあったとか。高さをどのようにして測定したんだろう。ヒバリをシンボルにした県は茨城県熊本県。長野県の市町村では、長野県南佐久郡南牧村南牧村は佐久にあり、海ノ口駅周辺の海ノ口地区と、野辺山高原の野辺山地区がある。野辺山高原は八ガ岳の東麓の高原地帯、放牧場が広がっている。なるほど、そこならヒバリの楽園になる。