蝶ヶ岳への道

常念岳頂上で、昨年夏

 「大滝山がいいよ」
 望君からそんなメールが来たのは、この夏、ぼくが息子と蝶ヶ岳に登ってくるかという計画を彼が聞いたからだった。登山には圭君も加わって、3人で登ることになっているが、望君がどうして大滝山を勧めるのか直接聞いてみた。
 「三郷の小倉からスカイラインを登って、鍋冠岳へのルートを整備したんですよ」
 地元の農家の若い仲間数人と力をあわせて、スカイラインから大滝山までの山道を補修整備してきた。スカイラインの展望台までは車が入る。昔はバスも通っていた。そこからさらに奥へ、荒れた山道を、歩けるように工事をしてきたから、それを通って、大滝山に登るといい。大滝山から1時間半縦走すれば、蝶ヶ岳
 望君はそう言ってから、こんな話をした。
 農家の若い仲間数人のなかに中村さんという人がいる。その人の祖先は、江戸時代に槍ヶ岳に登頂した播隆上人をサポートした中村又重郎である。念仏僧播隆上人が槍ヶ岳に登ったの1828年7月20日、三郷の小倉から大滝山、蝶ヶ岳に登り、そこから上高地に下って梓川を登り槍沢から槍ヶ岳に登頂した。
 このルートは、昔の信濃と飛騨を結ぶ交易の道だった。今、安曇野の若い農民たちが、この道を整えている。
では、上高地から飛騨へ抜けるルートはどこなのか、西穂高の稜線を越えるのか、それとも安房峠を越えるのか。
 だがこういう話を聞くと、この道の魅力が湧いてくる。道普請もロマンがある。
 安曇野から蝶ヶ岳へは直接ルートがある。堀金の須砂渡から三俣に入り、そこから蝶ヶ岳新道を登る。時間的にはこっちのほうが短い。時間は5時間。大滝山コースは8時間。いちばん短いルートは上高地の横尾からのルートだ。
 望君が勧めるのは、大滝山まで整備して登ってきたから山の味わいが強いからだろう。道普請をしたから愛着もあるだろう。現代の若者が江戸時代の道を復元する、その情熱と夢はすばらしい。この道を歩く人が多くなれば、安曇野から上高地の徳沢、あるいは横尾へ1泊2日で入れる。バスで沢渡から入る道ではなく、常念山脈を自らの足で越えて入る、この道程の困難がいいではないか。大滝山から蝶ヶ岳までの縦走路の味わい、蝶ヶ岳のお花畑の美しさ、西に重畳たる穂高連峰がそびえている。
 「信州百山」に、「鍋冠岳のルートの鬱蒼としたツガの林にはギンリョウソウの神秘的な姿が見られるだろう」とあった。
 三郷から登るコース、逆に三郷へ下るコース、体力と時間を考えて、一度は歩いてみたい。

 今日、豊科でセミの声を聴き、家に帰ってきて、草刈機で草を刈りだしたら、誘われるように我が家の庭でもセミが一匹鳴きだした。この地に住んで9年目にして初めて聴くセミだった。

 台風がやってくる。