犬との会話


        犬との会話


「ネコ、どこにいる?」
「ネコ」と聞くと、ランは首をすくっと立て、目は鋭く、
庭を眺め回してネコを探す。
軒先に来る野良ネコがいて、ランは彼らを見つけると、
窓越しに吠えたりすることがあった。


「お父ちゃんが、帰ってくるよ。」
ぼくが仕事から一箇月ぶりに帰宅する日、
洋子がランに言ったら、ランは飛び上がって喜び、
車にいっしょに乗って駅まで来ると
車の窓からずっと駅舎の出口を真剣に見ていたと言う。
「お母ちゃん」という語はどうかなと、
洋子が出かけているときに、
「お母ちゃん、どこへ行ったかな。」
と言ってみたら、ランはやはり首をすくっと立てて、
車で帰ってくる方向を見て、待ち受ける姿勢をみせた。


「もう寝てきなさい。」
夜7時過ぎ、そう言うと、ランは廊下の自分のトイレでおしっこをして、
とことこ階段を上って二階の寝床へ行く。
自分の毛布を鼻で広げ、ことりと音を立ててひざを折り曲げ毛布の上に丸くなる。
この頃、ランは寝る時間が早くなり、
何も言わなくてもとことこ寝床へ行くことがよくある。
眠いときは6時過ぎに寝に行くことがある。
甘えん坊のランは、いつまでもお父ちゃん、お母ちゃんの傍にいたい。
でも、眠いときは自分の意思でひとり動いていく。
「おしっこ」という言葉も解っている。


「散歩に行こうか」
「ご飯にしようか」
これらの言葉も解っている。
この言葉を聞くと、うれしくてぴょーんと飛び上がる。


「お座り」「待て、待ってなさい」「よし」「まだ」「だめ」「おりこう」「おいで」
これらの言葉は、幼犬のときからの会話で理解するが、
いったいどれだけの言葉を犬という動物は理解するものなのか。
特別にプロフェッショナルによって訓練された、
盲導犬、介護犬、警察犬、麻薬調査犬などは、かなり多くの言葉を理解するだろう。


ランは、これからもいくつ言葉を覚えるだろう。
残念ながら話すことはできないから、
吠えたり、行動したり、態度で表現するしかない。
それでも鳴き声はそれぞれ表現内容によって異なる。
要求がなかなか聞き届けてもらえないときは、
人間の不満表現に似たイントネーションの、
「クウ−ンクウ−ン」
「ウ」が高音の長音になる。
感情表現は、犬も人間もよく似ている。


表情もその時その時に変わる。
眠け眼の顔、怒りの顔、困っている顔、元気のないときの顔、
まじめな顔、いたずら顔、熱中している顔、くつろいでいる顔、
遊ぼうと誘う顔、
犬も百面相。


犬と人間の関係も会話によって深まる。
感情や考えの複雑な人間と人間の会話はなおさらのことだ。