詩の玉手箱「浅き春に寄せて」

 

 

 

    浅き春に寄せて

             立原道造

 

今は 二月 たったそれだけ

あたりには もう春が聞こえている

だけれども たったそれだけ

昔むかしの 約束はもうのこらない

 

今は 二月 たった一度だけ

夢のなかに ささやいて ひとはいない

だけれども たった一度だけ

 

今は 二月 たったそれだけ

その人は 私のために ほほえんだ

 

そう! 花は またひらくであろう

そうして鳥は かわらずに啼いて

人びとは春のなかに 笑みかわすであろう

 

今は 二月 雪の面につづいた

私の みだれた足あと それだけ