③ 都市の中の自然公園「カサ・デ・カンポ」

 マドリード市内に、カサ・デ・カンポというスペイン最大の都市の自然公園があることを知って、これは絶対この眼で見なければならないと、一日かけて行くことにした。面積は1750ヘクタールあるらしい。1750ヘクタールというと、どれぐらいの広さなのか、平方キロメートルに換算すると、17.5平方kmだ。いったいその規模がどれだけのものか、実感できないから、実際に行ってみた。東京都の新宿区の面積が1820ヘクタールだから、ほぼそれぐらいの面積だ。
 宿を出てストックを突きながら、馬に乗ったドンキ・ホーテとロバにまたがったサンチョ・パンサ銅像のあるスペイン広場の公園を抜け、デボット神殿のあるモンテーニャ公園につづく緑したたるオエステ公園の真ん中まで歩いて、カサ・デ・カンポの丘まで上るロープウェーの乗り場へやってきた。ところが運行はお昼の12時からだというので、その下に見えるバラ園を散策した。
 ここはまた百花繚乱のバラの宇宙だ。入口にEUの国々の旗が翻っている。バラを愛でていると、若者数人が、車いすに乗った人や杖を突いた人を世話しながら、バラの香りに揺られるようにゆっくりやってきた。介護施設の入居者なのかなとぼくは思う.

 12時前にロープウェー乗り場に行った。すでに30人ほどが並んでいた。やはり高校生らしきグループがいた。ゴンドラは4人乗りで座れる。発車すると、ゴンドラは、オレンジ屋根の民家の屋根の上を通り過ぎ、幅30メートルほどの川を越え、丘を目指した。距離は2500メートル、ゆるやかな上りだ。10分ほどで終点に着いた。駅の二階にレストランがあり、展望台もあった。そこからはマドリードの街が一望だ。北の方を眺めると、この公園の森はどこまでも続き、木々の梢が空にとけこむところが地平線だった。公園内にはリスやウサギ、鳥類も遊び、歩く人の小道やサイクリングロードが網の目のように走っている。やはり雨の少ない国だから、草地が貧弱で地肌が露出している。木々も日本の森林地帯のような樹種の豊かさはない。この大公園の一部に遊園地や動物園がある。ひとりのおじさんが、同じコースを自転車をこいでぐるぐる走り回っているが、人影は少なかった。松の木の下のベンチで、おやつを食べていると小鳥が近くに寄って来る。風が強くなってきた。下りよう、となってロープウェイの駅に行くと、店のおばさんが、ゴンドラは動かないと言って、外の広場へ案内した。どういうこと? 怪訝な思いで付いていくと、広場に高校生10人ほどがいて、ゴンドラの職員のおばさんが、みんなの前に立って一生懸命早口で説明している。「ウインドゥ」という単語が耳に引っかかった。了解した。強風のためにゴンドラは運行停止になったのだ。結局、タクシーを別のルートから呼び寄せ、それに乗り合わせて下のゴンドラ乗り場まで行ってほしい、ということだった。ぼくらは高校生の女の子二人と一台に乗って、下山した。ゴンドラは往復切符だったから、当然タクシー代は会社もちだった。

 都心部にも豊かな公園があった。これらはよく世話されていて、木々が大きく梢を伸ばして育っている。レティーロ公園は、140ヘクタールある。その横に、王立植物園がある。王宮にはサバティーニ庭園があり、カンポ・デル・モーロがあり、生活空間にたっぷりとある緑がまぶしい。クロウタドリが鳴いている。楽器を弾いている人がいる。公園の入口で絵を販売しているおじさんがいる。古書籍の露店をだしているおじさんがいる。
 広大な豊かな緑の公園、それがあちこちに、都市の中に存在する。
 それはこの国の人たちが営々と創ってきたのだ。