旅の間、ランは


 旅の間、ランはご近所の宮田さんがお世話してくださった。昼間は我が家の工房の軒下で過ごし、午後6時ごろに宮田さんと散歩して、宮田さんの家で過ごした。とうちゃん、かあちゃんのいない一日目の夜は、ランはなかなか眠らなかったという。宮田さんもなかなか寝付かれなかった。ランは朝方に寝ただけだったと。
 突然とうちゃん、かあちゃんがいなくなった。なぜだか分からない。が、どこかでランは観念した。宮田さんの家に夕方移動するとき、素直に宮田さんについて、巌さんの家の前で右に曲がり、自発的に歩いていった。宮田さんの話はじんとくる。夜は宮田さんの寝床近くで寝ていたらしい。犬への愛情があふれる宮田さんの話。宮田さんは一人暮らし。御主人は十数年前に亡くなられた。宮田さんは昼間は仕事に出かける。
 ランは朝、宮田さんに連れられて、工房にやってきて、そこで長いリードにつながれる。午前7時ごろ、それから家族がだれもいない長い一日を過ごした。
 お隣のみよこさんも気にかけてくれていた。
 「かわいそうだったよー、朝と夕方、クーン、クーンと鳴くんだよー。さびしかったんだねえ」
 クーン、クーンと鳴くのは、何か言いたいのだけれど、言葉がないから。
 みよこさんは、その声を聞いてかわいそうになって、のぞきにきて、
 「ラブちゃん、がまんするだよー。もうすぐ、とうちゃん、かあちゃん、帰ってくるからねえ」と、なぐさめてくれていた。
 反対側の隣の若い奥さんも、かわいそうになって、ドッグフードを持ってきてあげたこともあったと聞いて、ランが少し太っていたわけが分かった。

 犬を預かるということは、犬が好きでないとできない。飼い主の飼い方を知って、それにある程度合わせなければ、犬の体調にも影響する。だから、ぼくはランの一日を書いて、宮田さんに出発前に渡した。

 午前5時すぎ、散歩に出る。その途中でウンチもおしっこもする。ウンチは紙にとって袋に入れて帰る。
 午前7時ごろ、朝ごはん。ドッグフード。
 夕方、散歩。ウンチとおしっこ。
 午後5時ごろ。夕食。家に入る前に、全身ブラッシング。
 家に入るとき、タオルで全身を拭く。
 午後9時ごろ、外へ出て夜のおしっこ。家に上がり、あと就寝。
 もし何か病気や怪我があれば、かかりつけの動物病院があるから、そこへ。
 散歩途中、ほかの犬と出会ったときの注意。気のあう犬と合わない犬。

 まあ、こんなことを書いておいた。
 ランは元気だった。帰ってきて顔を見たとき、ランは狂喜した。犬の感情はすごい。

 昨日、朝のウォーキングの帰り、宮田さんの家の前を通過するとき、ランがそのほうをじっと見つめる。
 「宮田さんにあいさつしていこうか、おせわになったからね」
とランに言うと、ランはすすっと、宮田さんの家のほうへ向かう。呼び鈴を押して出て来た宮田さんに、あいさつ。宮田さんは、ランの頭から首から、なでさすり、かわいくてしょうがないと顔が笑いでくずれていた。