お隣のバラを剪定


夕べは東山から十五夜の月だろうか、大きなオレンジの月が昇ってきて、
月がきれいよ、見てごらん」
あたりはすっかり暗くなって、庭に立っている80歳を超えたみよ子さんに声をかけた。
みよ子さんの顔はよく見えなかった。
「バラの剪定をやっておいたからね。」
声をかけると、みよ子さんは、いつもマミちゃんを散歩に連れて行く宮田さんとおしゃべりしていた。
お向かいのみよ子さんは、犬のマミと以前は散歩していたが、去年マミに引っぱられて転んでからは、散歩しなくなった。
一人暮らしのみよ子さんは、入院したこともあって、すっかり足腰が弱くなっている。
だから、近所の宮田さんが代わりにマミを散歩に連れて行っている。
宮田さんは散歩から帰ってきて、どっぷり暗くなったのに、まだみよ子さんとおしゃべりしていた。
「へえ、そうだかね。ありがとさん。体の調子悪くて、昼間寝ていただよ。」


みよ子さんは、庭の木々の手入れが出来ないから、去年はぼくが庭木の剪定をやってあげた。
今年は、2階の屋根より高く伸びた針葉樹が庭の南側に数本並んでいるのを含めて、難しい剪定を庭師に頼んだ。
さすがプロのやり方で、ばさっ、ばさっと、大胆に枝を払い、庭はがらんがらんになるほど、木々はすっきり、ほっそりしてしまった。
「バラの樹は、剪定してないだ。去年吉田さんに剪定してもらって、春にいい花さいたよ。
庭師はバラをほうっていったもんで、どうしたらいいかね。」
と、一週間ほど前ぼくにやってほしいような口ぶりだったから、
なんとか時間を見つけて、昨日昼間にバラを剪定したのだった。
「みよ子さん、バラを切るよ。」
と二、三度家の中に声をかけたが返事がなく、体調が悪いのかなと思いつつ、犬のマミちゃんに、
「マミ、バラを切るよ。」
と断って切っていった。
棘が刺さると痛いから手袋をはめたが、それでも突き刺さる。
ひさしの軒より高く伸びたバラの枝には、実がたくさんできている。
思い切って、半分くらいの高さのところで、はさみでばさっと枝を払っていった。
バラの実がたくさん枝についているのが気になり、これドライフラワーにしようと、
実の付いた枝先を集めて、半分はみよ子さんの軒下におき、あと半分はもらって帰った。


「また新芽が出てきて、来年花が咲くからね。」
「そうかね、ありがとよ。」
みよ子さんは、暗がりの中をすかすように、バラの樹を眺めた。
「寝ていて気がつかず、すまなかったね。調子悪くてね。」
数日前から、ほっぺたに、おおきなできものができて、寝ていたという。
みよ子さんは、手で右頬をおさえた。
「えっ、そりゃあ病院に行かなけりゃ。」
「行かなかっただ。行ったらすぐ入院と言うからね。」
「それで、治ったの。」
「治っただよ。」
「なんだろうね、それ。」
「若い証拠だよ。はっはっは。」
みよ子さんは笑っている。
オレンジ色の満月が、木の間から見えた。


洋子の言うには、バラの実は「ローズヒップ」というらしい。
へえ、それじゃ、この実は値打ちがあるのかい。
調べてみたら、ローズヒップというのは、南米チリ原産の「犬バラ」という野生のバラの実らしく、
ビタミンCはレモンの20倍あるとか。
ロ―ズヒップティーや、ジャムにしたりする。
じゃ、これもできるかな。
研究してみよう。


今朝の日の出前は、夕べの満月がまだ西の空に残っていた。
北アルプスの峰は朝焼け、そこに月が出ている。
6時半ごろから、急に霧が出てきた。
昼間は、暖かい秋晴れとなった。