あれこれ、あちこち


  列車の車両の一部に、座席も何もない、がらんとした空間がある。自転車を持ち込むところだ。
 全国どこでも、サイクリングしたいところがあり、サイクリングできる条件が整えられている。
列車で自転車を運び、走りたいところで降りて、チロルの野を、すいすいとサイクリング車で走る。村から村へ走る。
 イン川の両岸に、サイクリングとウォーキングの出来る道が整備されている。
 この国は、どこへ行っても景観をたっぷり楽しめる。どこを走っても楽しい。


 貨物列車がたくさんの山から切り出した木を運んでいた。木造建築はこの国では伝統の建築であり、ムクの木の建材が当たり前になっている。
 今課題は、山の木を減らさないように、育成保全することと、自国の木材で家を建てることができるように、林業を守ることだ。

 ザルツブルグの「ザルツ」は「塩」のことである。ザルツブルグは岩塩の生産地だった。世界的に有名なザルツブルグの塩。ドイツ文学者、小塩節のエッセイ「木々を渡る風」のなかにこんな一文がある。
 「いま掘り出している岩塩は、砂利などを含んでいるから、そのままでは使えない。いったん融かし、煮詰めて結晶させ、食用や工業用の塩にする。かつて燃料は言うまでもなく、チロルの豊かな森の木だった。森林は周到に区分し、丁寧に切って使った。チロルは平地より降水量も多いのが幸いした。塩業と森林保護は二千年にわたり、みごとに共存してきた。失敗したのは北ドイツのリューネブルグで、森は消え、荒野になって現代に至っている。」 

 



 高校生たちが山をトレッキングしていた。
 夏休みにはいって、生徒たちが、山に入ってトレッキングしている。先生もいっしょだった。
 高齢者のグループ、若者のグル-プ、自然の中で学び体験している。
 2ヶ月の夏休みは子どもたちにとっては、楽しい季節だ。自由を謳歌する、思い切り遊ぶ、友だちと過ごす。冒険をする。
 夏休みに入って、音楽がインスブルッグの街にあふれ出した。夜、7時、8時になっても明るい。王宮の中庭がコンサート会場になっている。入り口にいくらかのお金を入れれば入場できる。もちろんただでもいい。教会の鐘が鳴り出す時刻に演奏が始まるのだが、鐘の音がなかなか大きい。長々と鳴る。鐘がなり終わるまで、指揮者はニコニコ笑いながら待っている。
 旧市街の道で、いきなりブラスの響きが起こった。見れば、チロルの衣装を着たブラスバンドだ。
 


 人々は花を飾る。家々は花で化粧をする。暮らしの中に花がある。
 こんな自転車で花を運んでいく。置いてあるだけで楽しい。自転車も味わい深い。



 山の村の祭りのパレード。ブラスバンドの後ろにトラクターパレードがあった。我が子や孫を乗せて、民俗衣装をつけて、村の道を行く。
 暮らしのなかに庶民の祭りがある。


 今は毎日牧草刈りだ。花をつけた牧草も背が高くなった。トラクターの後ろにつけた草刈機が草を刈る。刈られた草を集めて、トラックに乗せ、村に運んでくる。長い冬に備えて、サイレージだ。



 牛たちは気温の低い山の上。天気のいい日は一日、草を食べ、日向で寝そべる。首につけた鈴がカラコロと鳴る。牛たちがどこにいるのか、その音ですぐに分かる。山道の途中で、かすかに遠く、カウベルが聞こえる。見下ろしてもどこにも牛の姿は見えない。




 飛行機で空からオーストリアの大地を見下ろすと、平野部に広がる田園に緑の林がモザイクのように残されている。川の沿岸は緑の帯、畑地のあぜになる区分線には林が並木状に残されている。実に林が網のように大地を結んでいる。この木々の存在が、田園の美にもなる。
 これがドイツに入ると、畑地は整然と広がり、林が少なくなる。ドイツは戦後、森の復活に大きな力を費やした。林は大森林地帯となって、保護されている。黒い森の地帯と田園地帯と、大きく分かれているように思える。

 「ドイツの全国に深々とした森林があり、何百年もかけて木々を育てているドイツでは、営林署の力と権威が高い。署員は雨霧を通さぬ分厚い毛織のマントを着、同じ緑色の制帽をかぶり、国有公有林だけでなく、私有林まで監督指導している。樹種の画一性を拝し、三百年サイクルの仕事をしている。」(前著)

 オーストリアも、ドイツも、将来への長い展望をもち、ビジョンを画き、政策を立て、国民はそのビジョンを実現するために行動する。
 
 脱原発もその一つだ。すでに全力投球に入っている。

 「インスブッルグの街は、王宮や古い教会、博物館、大学その他、数え切れないほどの芸術品など、豊かな文化遺産に満ち満ちている。しかし私は、何にもまして、間近に迫るノルトケッテの山岳と、800年にわたって育まれてきた文化との調和と、コントラストがかもしだす景観に勝るものはないと思っている。
 ‥‥インスブルッグ大学のH博士は、『チェルノブイリ原発事故の影響は、全ヨーロッパでとても深刻です。この斜面の草木も汚染されたはずですが、家畜はそれを食べなければなりません』と重い調子で語り、後は沈黙した。」(松田松二 環境学者)