日本語教室の先生たち

 一昨日の日曜日、日本語教室にやってきたノブの顔つきがいつもと違って見えた。右頬がやせて、口もゆがんでいるように見える。どうかしたの? 先生たちが気にして聞くと、ノブは、耳が痛い、右頬の感覚がにぶい、風邪を引いて飲んだ薬の副作用ではないかと医者が言ったという。そりゃあ、ちょっと変だ、風邪薬の副作用でそうなる? 他に原因があるのではないか、ノブの周りに集まってきた先生たちが口々に言う。Oさんが、
 「わたしの友人が、右の耳にヘルペスができて、右の耳が痛くなり、右の顔半分の神経が麻痺したのよ。ひょっとしたらヘルペスじゃない?」
 「もう一度先生にきちんと言ったほうがいいよ。お医者さんはどこ?」
 ノブの診てもらった医者の名が出て、その先生ならよく知っていると言うHさん。
 「先生に言って、専門の病院で調べてもらったほうがいいと思うよ」
ノブは、月曜日、医者に行くからそうするということになって、その日の勉強に移った。
 月曜日、ノブは医者に行ったかなあ、と気になった。庭の畑で野菜の世話をしていると、近所に住んでいるOさんが日赤の社債の件で来られた。そのとき、ノブのことに話が移り、Oさんの懸念を口にした。
ヘルペスは内臓にもできることがあるんです。子宮にできた人もいるんです。疲労やストレスが原因になるんです。友人の場合もすごいストレスをかかえていましたから」
 「わたしもなりましたよ。一昨年、帯状疱疹。わたしも、すごく疲れていてストレスを抱えていましたから」
 そのときは、帯状疱疹に続いて不整脈が出た。
 Oさんの懸念、ぼくの懸念、それは病気のことだけではない。ノブの暮らし、生活保障のことである。ノブは一人でアパートに住んでいる。定時制高校に通い、昼はコンビニとファストフード店でアルバイトしている。医療費は払えるだろうか。彼はパラグアイから来たのは小学校5年生だったか6年生だったか、父親が単身で先に日本に来ていて他県に住んでいるが、自分は親戚もいる安曇野に住んだ。ノブは心臓に疾患があり、心臓の手術を受け、その後ペースメーカーを入れている。懸念の二つ目は食生活だ。栄養を摂っているだろうか。高校に通学する日は、給食が出るから夕食はそれになる。あとは何を食べているか。懸念の三つ目は、アルバイトがなかなか休めないのだと言う。休めばピンチヒッターを雇わねばならない。だから休まれると困ると、店長は言う。こういう生活だから、疲労、ストレスが強くなり、蓄積する。
 「結局、ノブを見ていくのは、日本語教室のボランティア教師たちと定時制高校の先生たちしかいないから、私たちが親代わりをやらねばと思うんです」
Oさんの懸念は、ぼくの懸念でもあり、思いに共鳴する。
 市はこういう人をどう見ているのだろうか。その地区の民生委員は把握しているだろうか。行政と相談する必要があるのではないか。ぼくはなんらかの動きをしなければならないと思う。
 今日、日本語教室運営の世話をしているTさんに電話を入れ、ノブのその後を聞いてみた。Tさんの話は安堵をもたらした。月曜日、ノブは日本語教室の教師たちの気持ちを受けて、医院に行って話をした。その結果、精密検査を心臓の手術をした病院で受けることになった。Tさんと日本語教室のNさんはいっしょに病院に行き、ノブの精密検査に付き添った。ヘルペスの疑いもあり、結果を待つことになった。病院の先生も職員も親身になってくれた。ノブは元気に高校に通っている。医療費は父親の家族として保険が使える。Tさんの話を聞いて心配の種は少し軽減した。
 「みんな心配してくれてるんだねえ」
とTさん、
 「よくいっしょに病院に行ってくれました。ありがとうございました」
 ぼくは感謝した。喜びがわいた。