「病気になったとき、どこへ行けばいいですか」
チンさんが質問した。
質問の主旨は、どんな医療機関の何科に行けばいいのか、どんな科があるのか、それがよく分からないということだ。さすれば、これは教えておく必要があると思ったから、病院と個人経営の医院の違いをまず説明し、つづいて具体的な病気の症状を出して説明することにした。チンさんは中国から日本に来て、まだ1年にならない新婚主婦である。
そこでぼくは問いかける。
「風邪を引きました。咳が出ます。医者に診てもらおうと思います。何科へ行きますか?」
コンコンコン咳をする。
チンさんとノブ君、答がない。
次にぼくはお腹をおさえて、苦しそうにする。
「痛い、痛い、お腹痛い。医者に行きたいです」
チンさんもノブも沈黙。
「内科です。内科の医者へ行きます。内は体の中、うちです、そこを治してくれる医師です」
医者とも医師とも言う。親しみをこめてお医者さんと言う。大きい病院の場合は病院内の内科、個人医院なら内科医院の医師に診てもらうと説明すると、
「私は、風邪のときは漢方薬を飲みます。治ります」
とチンさんが言った。そうだね、日本でも葛根湯を飲んだりします。
「では、指をナイフで切りました。グサッ、イタタタ、血が出てきた。どこへ行きますか」
やはり二人はシーン。外科です。「がい科」ではありません。「げ科」と言います。
「えっ、げかと言うのですか」
ここでさらに専門化した心臓外科、脳外科について話すと、自分自身心臓手術をしたノブ君が自分の病気の説明をした。そしてチンさんは、電子辞書を引いて「脳梗塞」という言葉を調べ、主人の父親が脳梗塞になったと言う。チンさんの旦那は日本人。
「外科では、骨折や頚椎、脊椎の損傷の治療もします。私の友だちがね、駅のフォームにいました。そこへ電車が入ってきました。友だちは電車が止まったので、電車がどこ行きか見ようと、電車の先頭へ行って、行き先をのぞきました。つるっ、友だちは足をすべらせて線路の上に落ちてしまいました。電車の運転手はそれに気付かず、電車を発車させました」
友だちは、命は助かったが頚椎損傷で右半身マヒしてしまった。その話をすると二人は、ああー、いたましい、と顔をゆがめた。
「体に赤いブツブツができました。かゆいです。どの科に行きますか」
皮膚科です。
歯が痛いときは歯科、歯科の医者は歯医者さん。耳が痛いときは耳鼻咽喉科、耳と鼻と喉はつながっている。
こういう調子で、眼科、泌尿器科、産婦人科、あるいは産科と婦人科、精神科、心療内科、小児科と説明。同時に漢字で書いて示す。二人はノートに写す。
ひととおり説明して、この日の特別授業は終わり。
次は医者と患者の応対の会話を練習しよう。
以前研修所で教えていたとき、入国してきた研修生に、ぼくはオリジナル教材を作って、ロールプレイをしていた。
ぼくは医師役、生徒は患者になり、椅子に座って向かい合う。
医師「どうしましたか」
患者「のどが痛いです」
医師「熱はありますか」
患者「はい、少しあります」
医師「測ってみましょう」(体温計を渡す。患者は体温計をわきにはさむ。)
医師「体温計をください。はい、37度ですね」
というような会話練習。これをお腹が痛い、下痢をしたなどいろいろなケースで、クラスの一人ひとりと会話する。聴診器を当てる演技をするとゲラゲラ笑いが起こる。
この学習で、痛みを表す擬態語(オノマトペ)を紹介するのだが、日本語の複雑なオノマトペは適切な説明ができない。意味の「味」、語感の微妙を表すことは不可能である。リンゴの味を言葉で説明することなんてできない。
しくしく痛む・きりきり痛む・ちくちく痛む・きゅっと痛い・ずきずきする・がんがんする‥‥。
日本人はこれで大体痛みがつかめる。だが外国人はそれを理解するのは困難である。言葉と痛みの経験を積んで、つかむことができるものだからだ。