ルアンからのメール

<写真:穂高東中学の校庭>


 2月のある日、記事のないメールが来た。なんだ? 送り主を見ると名前がRuanとなっている。だれだろう、書き忘れたのかな?
 そこで、とりあえず返事だけはしておいた。
「何も書いてありません。どうしたのでしょう。」
 数日して、また何も書いてないのが来た。
「すみません、誰ですか?」
 数日後、三通目が来た。
「先生、でしょうか?」
 そこでやっと分かってきた。送り主はRuanとなっている。ははーん、ベトナム人のルアンではないか。
「私は吉田です。あなたはどなたですか。日本語教室のルアンくんですか。何も書いていないのでよく分かりません。」
 そしたら来た来た。
「はい、分かった!! 先生、ごめんなさい、先生、本当に知らないので、先生が見つかる!!先生、今日、休みの日はどこかへ行ったの??」
 当たり。やっぱりルアンだ。去年ベトナムからやってきた農業実習生。まだ半年しかたたないから、日本語はとちとちだ。日本語教室に休日だけ通ってくるベトナム人実習生は4人いる。栽培と収穫にたずさわり、休日なしに働いている彼らが教室に来るのは日曜日の夜だ。少し長めの返事をした。
「やはりルアン君でしたか。今日は、どこへも 行きませんでした。今晩、日本語教室ですね。じてんしゃ、気をつけて 来てください。雪はもうだいじょうぶですか。ルアン君、インターネットをできるようになりましたね。これからときどき 何か 書いて メールをおくってください。」
 パソコンを買ったんだな。それでぼくのアドレスにメールしたんだな。
 昨夜の教室、日本企業で働いている中国人のスーさんを教えていたら、ベトナム人の4人がやってきた。ルアンがぼくの横に来てにんまり笑った。
「メール、ルアンだったんだ。わかったよ」
 ルアンはうれしそうに笑ってうなずいた。
 一時間半勉強をし、後30分はお茶を飲みお菓子をつまんで、中国人女性の実習生や、日本人妻の中国人女性、そして教師たちが輪になって団欒する。
「きょう、テレビで、日本人の男の人二人が、ベトナムに行って、農業をやっているのを見ましたよ」
 ぼくはルアン君らにテレビの内容を話した。ベトナム人は食事の時生野菜を必ず食べる。ところがベトナム人の農家は農薬を使うから、基準を超えた農薬を検出することが多く、安全を求める人は生野菜を市場で買わず、生産農家のわかるスーパーで買う人が増え、さらに野菜用の洗剤で洗って食べている人もいる。
「その日本人は、農薬を少しだけ使う日本のやり方をベトナム人に教えているのだよ。その若い日本人は、長野県の人だよ。」
 彼らはその内容はいくらか分かったようだ。
 ぼくは右脚を左脚の上に組むと、靴とズボンの間から、ズボン下が見えた。それを見たドアンが、
「女の人の‥‥」
 ルアンが、
「奥さんの」
と言う。
「いいえ、これは男性用です」
「わたし、これ」
 彼らはズボンをたくし上げた。見れば彼らのズボン下は黒色だった。ぼくのはアズキ色だ。
「これも男性用です。女性用ではありません」
 みんな大笑い。家に帰ったら、ルアンから早速メールが来ていた。
「はい、今から、メールをへんじするの!!、よくおしゃべりしたほがいいね、上手になるね!!」
 4人は、フェイスブックもやっていると言う。そこからもメールをすると言った。
 ベトナムの青年たちは反応がおもしろい。ぼくは黒いコールテンのズボンをはいていた。
「そのズボン、古い」
毛糸の帽子をさして、
「その帽子、たいへんいい」
などと笑いながら言う。
 ベトナムでは旧正月を祝う。2月17日はテト、すなわち旧正月で、彼らは伝統のベトナムちまきを作った。それを次の日曜日に持ってきてくれたのだが、巨大なちまきで、どのようにして作るんだ?と訊くと、名古屋にあるベトナムの店から緑のバナナの葉を取り寄せ、スーパーでもち米、豚肉、大豆を買ってきて、バナナの葉にきっちり包んで、半日煮るのだと言う。ちまきはバインチュンと言い、ベトナム旧正月には欠かせない。密封状態で半日煮るから、餅になっている。ドアン君は手つきよく、包んであるバナナの葉の紐を外し、それを細く裂いて糸のようにし、両手の指でぴんと張るとちまきをくくるようにバナナの葉ごと切っていった。教師生徒全員に一つずつ配ってくれたちまき、歯ごたえと粘り気があって、おいしかった。