おれはさまよっていた

 木は高く伸び、ブッシュが行く手をさえぎる。けもの道らしきものが蛇行していた。自分はいったいどこに向かっているのだろう。さまよい歩くうちに、空が明るくなり、森から出ていた。草がぼうぼうと茂っていた。どこにも人間の道はなかった。あてもなく歩く。意味もなしに歩いた。途方にくれていたけれども、足を止めなかった。右へ行き、左へ行く。また藪が現れ、気がつけばジャングルが目の前にあった。どこにも人の姿はない。
 「ここは昔、王家の都だった」、頭の中にそんな言葉が侵入してきた。ここは王家の都だったのか、この草と木に覆われた一面の大地が人間の都だったのか、おれはブッシュをかきわけて、探してみた。痕跡はないか。すべては消えてしまっていた。空だけがいやに高かった。
 ぼうぜんとたたずんでいると、意識がすーっとなくなっていく。頭の中の王家の都の姿も消えた。おれは眠っていた。
 どれだけ眠っていたのだろう。うっすら明かりが差して、意識がもどってきた。熟睡していた。眠っていた時間は長いように思われたけど、実際は数分だったのかもしれない。
 おれはまだ、さまよっているのだ、という自覚があった。倒木をまたぎ、落ち葉を踏みしめて歩いた。見慣れぬ鳥が梢に止まってさえずっている。なんという鳥だろう、知らない鳥だ。ふと足元を見ると、コンクリートのようなものがあった。おれは、落ち葉をかきわけてみた。コンクリートは地面深くまで続いているようだった。何かの残骸だな、これはとても大きなものだ。そのとき、またもどこからか頭の中に声が侵入してきた。
 「それは石棺だ。チェルノブイリの石棺だ」
 石棺だと? チェルノブイリ原発事故の後、外側を巨大なコンクリートで覆った、あの石棺と呼ばれたものか。そうすると、ここは昔、チェルノブイリ原子力発電所があったところなのだ。石棺はほとんどが森の中に沈んでしまっていた。何もかも地下に埋まっている。人間もいない。
 おれはまた迷路のような森をあてもなく歩いた。ちらりと何か生き物らしいものの姿が目の端にひっかかった。何かいる、何だろう、鹿のような動物の姿が木立の間に見え、すぐに消えた。
 おれはまた歩き始めた。森を出て草原に入った。
 道はどこにもなかった。自分はどこに行くのか、分からないままに草原を歩いた。
この草原の下に何があるのだろう、日本はどこにあるのだろう。おれの意識は次第に衰え、はっきりしなくなった。眠っていた。
 それからどれだけ眠ったのだろう。目覚めた頭に、王家の都とチェルノブイリの名が残っていた。
 不思議な夢だった。
    「夏草やつはものどもが夢の跡」(芭蕉
 独裁者という「つわもの」、政治家という「つわもの」、富める「つわもの」、大資本家という「つわもの」、権力をにぎる「つわもの」、独占企業という「つわもの」、軍隊という「つわもの」、「核」という「つわもの」、ミサイルという「つわもの」、人をいじめる「つわもの」、横暴な「つわもの」、聞く耳を持たない「つわもの」、正義をふりかざす「つわもの」、徒党を組む「つわもの」、人間という「つわもの」。