雪道の対話


 道祖神御柱。五穀豊穣を願う。初めて見た。


カーテンを開くと、雪原を疾走する黒い影があった。西へ視界を横切っていく黒い一本の頭・胴・しっぽは、キツネだ。
野性の確かな力感に、人の野性は刺激され、幾ばくか興奮が湧く。
夜が明け、山へ帰っていくのに遅れたキツネは全速力で山に向かう。
キツネがまだいてくれて、よかった。野生がいる環境こそ人間の生きる環境だと思う。

雪降り、雲低く垂れこめ、視界きかず。
フードのついた真っ赤な羽毛ジャケットを着て、朝のウォーキングに出る。ランは左横に付いて歩く。
気温が少し上がったために、雪は融けやすくなっていた。
いつものコースを行く。雪のなかに二人の人影があった。降雪の中で話をしている。犬もいる。
犬はゴールデンレトリバーであると見えた。すると一人は秀武さんだ。
ということは秀武さんは外出できたのだ。
話しているもう一人は、最近よく出会う近くの人で、子どもの柴犬を連れている。
「やーやー、お久しぶりです。」
「今日やっと外出しましたよ。」
秀武さんはこの二ヶ月ほど腰の病気で動けず、ずっと家にこもって病院で治療を受けていた。寝ていても寝返りもうてない痛さだった。やっと痛みが和らぎ散歩に出ることができるようになったのだ。
「よかった、よかった。」
この二ヶ月間、なかなか腰椎の神経の圧迫を除くことができず、腰痛はおさまらなかった。神経をマヒさせるための注射を打ち続けてきて、やっと痛みが軽くなってきた。何をしても効きめがなく、途方に暮れていたが、やっと歩けるようになった。
シバのおじさんと別れて、秀武さんの家の近くまで歩きながら、ひとしきり治療の話をした。
秀さんの紺色のジャケットのフードにも雪が落ちる。
若いころに秀さんは腰を悪くし手術をした。それが完全に治っていなかった。腰の爆弾は、それからときどき痛みとなって現れてきていたが、とうとうまた破裂したのだった。
「年をとると、いろいろな病気も出てきますね。」
「体の動かし方も、気をつけないとね。重いものを持つときも腰に負担をかけないようにしないといかんです。」
「私もね、この正月は痛い正月でした。」
12月に不整脈が出て、つづいて帯状疱疹、ウイルスで傷つけられた神経の痛みは今も治らず、腹部に腫れができ、さらに先日発見したのが腎臓結石、二月にはレーザー光線を照射して結石を打ち砕くことになっている。
病気知らずでやってきて、体力に自信があった自分だけれど、この五年は二年おきに大きな発症がある。
秀さんの腰痛も、春の田起こしまでにはよくなってほしい。
「この年になると、病気とは一生つきあっていかんならんですな。」
「お大事にしてください。」
秀さんの家への入り口、柿の木のところで別れた。
長い間、元気に働いてくれた体だ。お互い無理をしないで、体を調整して使うことだ。