乗合馬車が走る安曇野に



       碌山美術館の展示場


花が散ってしまったあとの花見の宴、
先日行なわれたのはそういう会だった。
居住地区自治会の恒例の花見は、花が咲く前に日取りを決める。
今年の予定は4月25日。
ところが春の陽気で開花は早くなり、おまけに花期は短く、
25日当日は一部の八重桜を残して、花はどこにもありゃせん。
それでも桜並木の横の公民館の庭に火をおこして、
炭火で焼肉パーティだ。
羊肉、牛肉、豚肉を焼く。
肉は、U字溝ブロックに炭を入れ、それをかまどにして、金網を置いて焼く。
5つのU字溝で焼いているのはほとんど男性群だ。
村の行事だから、子どもたちも運動場で遊んでから、
肉を食べにやってくる。
ぼくは、ずーっと焼くほうに徹していた。
皿をもってくる子どもたちに、
「ほうれ、どんどん食べて。」
こういう機会にいろんな人とおしゃべりをして、仲良くなる。
ぼくの前で焼いておられる人は、硬い表情をしておられた。
とっつき悪そうだった。
そころが話かけたらおもしろい。
年齢70代後半、毎日午前2時から水路の水を田に入れるという話。
「水利権が無いだよ。みんなが寝ている間なら、水をいくら使ってもいいだで、
それで午前2時から水を引くだ。
水利権を持っている上流の衆は夜が明けてから使うで、
だから、こっちに水がこないだね。
2時から朝まで入れて、それから寝るだ。」
このあたり、農業用水の水系は、梓川系、奈良井川系、烏川系の三つがある。
安曇野に水が行き渡るように、それらの水路は網の目のようにはりめぐらされている。
「ここらは昔、桑畑だったね。養蚕が盛んだったで。
もう養蚕の道具を持っている人もいないね。」


ビールと焼酎で、すっかりいい気分になっている男衆のグループがあった。
Sさん、日本酒のコップをもって、なにやら馬の話だ。
ポニーがどうとかこうとか、
馬を飼う話かい。
その輪に入り込んだ。
「馬を飼っている人がいるんですか。」
訊くと、思いがけない話がかえってきた。
「あるよ、穂高のAさん、それから‥‥」
何人かの名が上がった。
「この辺りじゃ、草競馬があるだ。」
「えー? 草競馬?」
穂高の牧地区で草競馬が5月に毎年行なわれているという。
牧といえば、例の「牧の喜作」の出身地だ。
北アルプス燕岳から槍ヶ岳まで喜作新道を拓いた山岳ガイド。
「牧の草競馬は、昔はおもしろかったね。
農耕馬の草競馬だったからね。
反対方向に走り出す馬がいたりしてね。
今は、サラブレッドだよ。
旗手はゼッケン付けてね。」
草競馬もだんだんスマートになってきた。スマートになれば失うものもある。
昔のような、野性的な味わいも、自由さも、冒険姓も、失敗もなくなる。
昔のほうがおもしろかった、とみなさんの話だ。
Sさんの隣に座り込んだ。
「馬車を走らせませんか。」
安曇野のなかを馬車が人を運んでいる、そんな地域にできないかなあ。
ぼくは誘い水を出したら、
Sさんは即座に応えた。
「それはいい。それはいい。イタリアじゃ、こんな狭い道でも馬車が客を運んでいただよ。」
手で道幅を示す。
こういうところがSさんの持ち味だ。
「たとえば、豊科駅や穂高駅から、アルプス公園まで、馬車が人を運ぶようにするんですよ。
日本はあまりに変化が極端で、すべて車。ヨーロッパでは、馬やロバが動いていますよ。」
奈良公園や京都の嵐山・嵯峨野では、人力車が動いている。
ところが安曇野は、歩く人なく、すべて車。
もっと大地に足をつけて、歩くことで、地域への見方が変わり、
人間向きの地域に変わっていく。
のんびり景色を楽しみながら、馬車に揺られる味わい、そういう乗り物を復活できないものか。
国営アルプス公園を拠点にして、観光シーズンや、土日などに、馬車が最寄の駅まで動いたり、
美術館まで客を運んだりする。
「そういう地域になるといいんですがねえ。」
観光では、伝統文化を生かしていくことが重要で、それは具体的にどうすることなのかというテーマになる。
Sさんは、夢中になって話し出した。
これまでいろんな冒険をやってきた。
Sさんは、ソバをたくさん作っている。
店も持った。
東南アジアでもソバ作りをやってきた。
今は、スペインに日本のソバを持ち込む計画を進めている。
この春は、レンゲの花を田んぼにとりもどし、安曇野を飾ろうと、レンゲプロジェクトを進めている。
いろんなアイデアを出し、それにチャレンジする。
それが稔らないこともあった。
だから地元の人は、話半分に聞く傾向がある。
また大風呂敷だわ。家族が苦労するよ。
しかし、何歳になっても、こういうロマンに生きる人は貴重だ。
「世間の人は、すぐ常識で考えますからね。しかし常識が正しいとは限らないですよ。」
「そうだ、常識、常識で、何もできない。」
「Sさんの考えを、もっと世間に打ち出していくといいんだがねえ。」
「わしゃ、書けないからねえ。」
「じゃあ、手伝いましょうか。」
「わっはっはっは。」