仏教界の戦争責任

michimasa19372008-11-20




             長野県上田にある戦没画学生の「無言館

 


岐阜、明泉寺の僧、竹中彰元が、日中戦争に反対して、
「戦争は罪悪である。」
「この戦争は侵略である。」
「仏教は殺生を禁じている。」
と説いたのは、1937(昭和12)年7月だった。
反戦闘争を行なっていた左翼組織の多くが、弾圧によって壊滅させられた時代である。
彰元は警察の厳しい取り調べにも信念を曲げなかった。
当時、日中戦争には浄土真宗大谷派法主自らが中国におもむき宣撫(せんぶ)工作に携わったりしていた。
彰元は陸軍刑法違反の罪で刑に服し、
本山から布教使の資格をはく奪された。
敗戦直後の1945年10月、彰元はこの世を去った。
彼の名誉が本山によって回復されるのは2007年、実に70年ぶりのことであった。
教団が戦争責任を認めたのは、2001年(平成13年)。
埋もれていた竹中彰元の事実を掘り起こしたのは、一人の青年僧、
卒業論文にこのテーマを取り上げ、調べ始めたことから明らかになった。
事実は、NHKETV特集「戦争は罪悪である/ある仏教者の名誉回復」で放送された。
感銘深い報道であった。


仏教界の戦争責任、
今日の新聞に、小さな小さな記事を見つけた。
見出しも記事内容も、目立たない。


2008年11月19日、
浄土宗(総本山・知恩院)は、広島で平和を祈念する法要を営み、
近代の戦争に協力したことへの反省と歴史の検証に取り組む方針を盛り込んだ平和アピールを表明した。
戦時中、同宗は、陸海軍に軍用機を献納し、
僧侶らは戦意高揚に協力した。
アピールは、
浄土宗が戦争に協力した事実は否定できない、
歴史的検証を行なうことこそ世界平和の実現に必要である、
被爆地広島で今日、非戦・非核武装を誓う、
と宣言した。


自衛隊の幕僚長問題が起きているにもかかわらず、
もっと大きく取り上げるべき出来事が、
このように小さく扱われている。


浄土真宗は、国策に追従した歴史を反省して、小泉首相靖国神社参拝の際に、抗議文を送っている。


靖国神社は、申すまでもなく明治政府の国家神道体制のもとに創設されて以来、国家による戦争を正当化するとともに、
国の戦争責任を隠蔽するという政治的な機能を果たしてきている特異な一宗教法人であります。
このような性格を有する一宗教法人に首相が参拝することは、
先の大戦の犠牲と深い反省に立って「恒久平和」を願いとして制定された「日本国憲法」の
戦争放棄・信教の自由・政教分離の原則」を踏み躙る行為であり、
「適切に判断」されたものとは決して認めることはできません。>


日本の宗教界の良心が、このように動き始めている。
眼を開き、耳をすまし、
世界をしっかりとらえていかねばならない。