ランの一日

michimasa19372008-11-21






真夜中、ごうごう、バタバタン、外は猛烈な風が吹いており、その音で目が覚めた。
また何かが吹き飛んでいるだろうな。
風は南からだ。このごろ強い南風の吹く日が多い。
昨日の午前中も南風で、午後になって北風になった。
一度、犬小屋の屋根が吹き飛んだことがあった。
トタンぶきの頑丈な木造で、大型で重いから屋根を取り外せる構造にしたのだが、その屋根が垣根を越えて道路まで飛んでいったのだから、この辺りの風は並みのものではない。
バケツに水が入っていなかったら、飛ばされてしまう。支柱を立てた作物は支柱ごと倒される。
作物用のコンテナが転がり、中のビニール類が飛ばされていったのを、隣の畑まで取りにいかなければならない。
こういう事態がざらにある。
今日の風は夜明けになってもおさまらず、雲が猛スピードで北に流れていく。
それでもランとの散歩は欠かせない。
ぼくが起きると、ランも起きてきて、服を着るのを待っている。
ランにリードをつけて外に出る。
太陽が山の茜色の空から顔を出す前、ぐんと寒さが身に応えた。
昔の人が、太陽を神とみなしたのも、分かる。
速く昇ってきておくれ、光と暖とを提供してくれる恵みの太陽神。
今日も日が昇ってくることの喜び。
太陽の驚異的な力と、それへの感謝と喜びが信仰心になった。



ランは強風があまり好きではない。
外につながれていて、風が吹きすさんだり、雨が降り出したりしたら、かならず「ワン」と一声発して合図する。
「家に入れてよ、ワン」
「おまえ、これくらい何だ。オオカミは吹雪でも風でも、弱音をはいたりしないぞ」
ぼくはそう説教するがランは一向に理解しない。
ランは、散歩は大好きだから、苦手の強風でも元気に歩く。
風に向って歩くとき、人は体を前傾させて足を踏ん張るが、ランもいかにも風に向かうといった感じでがんばって足を踏ん張っている。


雨の降らない日中は、ランは外で過す。
陽だまりにいるとき、黒毛のランは太陽熱を吸収するから暖かい。
気持ちよさそうに体を横たえ、日が落ちて寒くなると丸くなって体温の発散を最小限におさえている。
その寝かたで気温が分かる。
退屈して少々寒くなると、一声吠える。
「遊ぼ、くつほり」
要求はそういうこと。
そこでぼくはのこぎりを持つ手を止めて、ランのところに行き、
ぼろ靴を数メートル向こうへポーンと投げてやる。
ランは突撃、走ってくわえて帰ってくる、
そこでまたもう片方をポーン。
30回か40回、ランの体はほかほかになってきた。
「おまえの先祖のオオカミは、山から山、森から森、草原の端から端まで、
何日も飲まず食わずで走ったんだからな。これぐらいへっちゃらだろ。」
そう話しても、いっこうに理解しない。


日の出が遅くなり、日没が早くなり、
工房工事の仕事の時間はどんどん短くなった。
5時になるともう暗い。
バケツに水を汲んで、雑巾を洗い、一日外で過したランの体を丹念に拭いてやるときの、
ランの至福の表情はなんとも言えない。
餌を食べ、家に入れば、ランの自由な時間が待っている。
おもちゃのチュウチュウをくわえて、音を鳴らし、
父ちゃん母ちゃんの食事が済むのを待ってから、父ちゃんの両足と狩遊び。
ランが、椅子に座っている父ちゃんの足に催促の鼻をつけてくると始まる。
ぼくは両足でランの鼻ずらをおさえようとする。
ランはぼくのズボンをくわえて引っ張ろうとする。
エスカレートするとランは体をかわし、飛び跳ね、ぼくのはいているくつしたの先をくわえて、ぬがそうとする。
しばらく狩遊びをしたら、「はい、おしまい」。
気の済んだランは、寝床へとことこ歩いて寝るのでした。