三好達治「汝の薪をはこべ」

I さんが、一日薪集めに行って薪割りをしてきたと聞いた。
薪ストーブに火の入る季節が近づいている。
冬に備えるこの時期、
大根も蕪も、ほうれん草や小松菜、野沢菜も、しゃきしゃき育っているのを見ると、
りんりんとみなぎる生気が伝わってくる。


冬が近くなると、
いつもこの一遍の詩が口をついて出てくる。
中野孝次が書いていた。


「人びとだれもが否応なく自分自身の生に直面させられる季節の到来をうたった歌として、
三好達治の『汝の薪をはこべ』が一番好きである。
貧しきも富めるもひとしなみにやがて、どんよりと重く覆われた雲の下、
来る日も来る日も山野を問わずひたすらに雪降りしきる日がやってくる。」



         汝の薪をはこべ


  春逝き
  夏去り
  今は秋 その秋の


  はやく半ばを過ぎたるかな
  耳かたむけよ
  耳かたむけよ
  近づくものの声はあり


  窓にとばりはとざすとも
  訪なふ客の声はあり
  落葉の上を歩みくる冬の足音


  薪をはこべ
  ああ汝
  汝の薪をはこべ


  今は秋 その秋の
  一日(ひとひ)去りまた一日去る林にいたり
  賢くも汝の薪をとりいれよ


  ああ汝 汝の薪をとりいれよ
  冬ちかし かなた
  遠き地平を見はるかせ 
  いまはや冬の日はまぢかに逼(せま)れり


  やがて雪ふらむ
  汝の国に雪ふらむ
  さびしき冬の日のためには
  炉をきれ かまどをきづけ
  孤独なる 孤独なる 汝の住居(すまひ)を用意せよ


  薪をはこべ
  ああ汝
  汝の薪をはこべ


  日はなほしばし野の末に
  ものの花さくいまは秋
  その秋の林にいたり
  汝の薪をとりいれよ
  ああ汝 汝の冬の用意をせよ



二年半前まで、家主の木村さんの好意によって、築80年近い奈良の古家に住んでいた。
すきま風の通る寒い家屋だった。
寝室の天井全面に、防寒を兼ねて四枚の古ふすまをはりつけ、
そこへ和紙に墨で、春夏秋冬の四編の詩の一節を書いて貼った。
石垣りんの「峠」や、グールモンの「霧」の一節に並んだ『汝の薪をはこべ』。
毎夜、それを眺めながら眠りについた。


『汝の薪をはこべ』は、昭和14年(1939)の詩集に収められた。
自然界の冬の到来にそなえよ、という意味でもあるし、
戦争という暗い時代の到来にそなえよ、
という意味も込めている。
今、経済危機に食糧危機、地球温暖化に、やむことなき戦争、
世界をおおう貧富の格差、
世界が冬に向っている感じもする。


食糧危機によって暴動も起こっているエジプトで、
政府のトップが言っている。
かつて食糧を自給していたエジプトが、アメリカからの食糧輸入国になり、
その輸入がストップしたら、たちまち食料危機におちいった。
自分たちの国民が食べる食料は、自分たちで作ることをしなければならなかったと、
先見の明なき、遅きに失した発言ではあるが、
今からでも遅くはない。
日本は、自給率40パーセントをきっている。
それにもかかわらす、
自給率を上げる政策は進まない。
政策に依存するだけでなく、
ひとりひとりが自立に向けて、
生き方を考えよう。

汝の薪を運べ。