[暮らし] いつでも声をかけてくださいよ


          クルミの木の丸太で作った生ゴミコンポストの容器。このなかに野菜クズなどを投入。


 お隣のみよ子さんが、
 「タイヤ、積んでくれんかねえ」
と言ってきたから、ほいほいOK。お隣さんへ出かけていってタイヤをトランクに積む。いまはタイヤ交換の時期だ。雪が来るまでにスノウタイヤに交換しておかなければならない。みよ子さんの車は中型乗用車で車輪が大きい。一見して若者の車のように見えるかっこいいデザインだ。
 「こんな車をうまいこと言って買わせたんだよ。これは若い人が乗る車だよ。それなのに、こんな年寄りにすすめただよ」
 何回聞いたかな、業者への愚痴、うまいこと言って、こんな若者車を高い金額で買わされたとみよ子さんは言い続けている。よほど不本意だったのだろう。
 タイヤはかなり重い。みよ子さんの力では自動車のトランクに積み込めない。ぼくでも1本持ち上げるのは軽がるとはいかない。両手で胸に抱えてやっとだ。冬タイヤを積むと、みよ子さんは農協のカーセンターへ持っていって、履き替えて帰ってきた。それをまた下ろして納屋に持っていく。
 11月になってからみよ子さんは、お姉さんと一緒に暮らしている。老人ホームからお姉さんが出てきて、二人家族になった。けんかもするけれど、姉妹一緒に暮らすほうがどれだけいいか。なにより会話が多くなる。みよ子さん一人のときは、犬のマミと話していた。家に入るとテレビに映っている人に話しかけていた。今は、マミを連れて散歩も二人で行く。どんな料理を作るか、そのことでも会話がはずむ。頭が活発に動き、老後の孤独がいやされるだろう。食事もおいしく、料理のし甲斐もあるだろう。
 今年は大根がよく育った。大根を抜いていると、クルミの木のおばさんが大根を見て、
 「今晩、おでんだよ」
と笑いながら言った。
 「はい、おでん、おいしいよ。はっはっは」
 大きな3本を畑から引っこ抜いて、みよ子さんたちに持っていった。
 それから二日後、庭にいると、
 「おにいさーん」
 みよ子さんの声がする。だれを呼んでるの?
 「おにいさーん」
 えっ、ぼくかい。振り返るとみよ子さんは道路に出てきて、ぼくに声をかけている。おにいさん? みよ子さんのほうがぼくよりはるかに年上だよ。
 「どうしたの?」
 「ちょっと来てよ」
 付いて行くと、納屋のなかにカーテンをつろうとしていた。
「カーテンをつるす針金をぴんとはれないだよ」
 納屋の壁から反対側の壁に、カーテンを吊るす針金をピンと伸ばしてはれない。
 「針金が硬くてね。力がなくて、できないだよ」
 「お安い御用ですよ」
 脚立に乗って、天井の端から端まで針金をはった。
 「やっぱり男の人だね。男手がないとダメだね」
 お姉さんがカーテンを持ってきた。
 「それ、違うだよ、もう。違うというのに。しっかりしてよ」
 姉妹の遠慮のない会話が始まった。子どものころから続いてきた会話はけんか腰のように聞こえても、けんかにはならない。
 脚立に乗ってカーテンの留め金を針金につるして、完成。
 「ありがとね、ありがとね」
 「お安い御用で、いつでも声かけてくださいよ」