赤ちゃんが訴えている


          子どもという自然


列車が塩尻を過ぎて、木曽路に入った頃から、
赤ちゃんの泣き声が耳につきだした。
数両連結の列車の、最後尾の一ますに、子ども二人連れの若い夫婦が座っている。
昼の木曽路、うっすら雪の積もった冬枯れの落葉樹林が、窓の外を通過していく。
中津川までのローカル列車はすいていて、空席もいくつか見えた。
暖房はよくきいて、暑いぐらいだった。
赤ちゃんは、いっこうに泣き止まない。
むしろ泣き声は激しくなるばかりだった。
ぼくは、本を読んでいた。
本に没入しているときは、泣き声は気にならない。
だが、激しく泣き声を立てるたびに、ぼくの耳はそれをとらえ、
そのたびに、赤ちゃんが気になり、本に集中することができなくなった。
ぼくは、それとなく一ます後ろの席に視線を投げた。
もう三十分は泣いている。
赤ちゃんは、何かを訴えているようなのだが、その要求を受け入れてもらえない不快を、
泣き声と全身の動きで表していた。
小さな手で、首や頭をかきむしるようなしぐさをする。
「熱い」のだ。
父親が赤ちゃんを抱いて、車掌室とドアのところに立って、
なんとか涼しい空気のところはないかと探しながら、赤ちゃんをなだめている。
かすかにドアの隙間から山の風が入ってくるらしく、
父親は、その空気を吸わせようとしている。
けれども、赤ちゃんはそんなかすかな冷気では、不快から解放されない。
身をくねらして泣き叫ぶ。
横のます席に座っていた人が、前の車両に移っていった。
今の車両は、一枚の固定ガラスで窓はとざされ、窓が開かない。
昔の列車なら、窓を開けて、外の空気を入れることも、
山の匂い、木や草の香りをかぐこともできた。
雪の日は、雪片を手に受けて、季節の自然と会話することもできた。
今はそれも不可能だ。
ぼくの心に、若い夫婦をとがめる気持ちが湧いてきた。
どうして赤ちゃんの要求に応えてやらないのか。
各駅停車なんだから、停車ごとに、ドアを開けて外の空気に触れさせてやれるではないか。
ぼくの気持ちがつのってくると、お腹まで痛くなってくるような感じがしてきた。
この調子で、泣かせ続けて、赤ちゃんが、おかしくならないか。
とうとうたまりかねて、ぼくは夫婦の席へ行って、話しかけた。
「お母さん、赤ちゃんは何が不快なのか、分かっていますか?」
母親は、きっぱりと応えた。
「わかっています。暑いのです。」
赤ちゃんを抱いた父親は、車掌室をとおして、列車の通り過ぎた線路のほうへ赤ちゃんの関心を向けている。
「どうして停車時にドアを開けてやらないのですか。」
「ドアが開かないのです。一番前の車両の、運転手側のドアしか開かないのです。」
そういうことか。その列車は、ワンマンカーで、
運転手が無人駅で降りる人の切符の受け取りをする。
だから開くドアは、一番前の車両の前のドアだけなのだ。
「じゃ、赤ちゃんの服を脱がせてやったらいいじゃないですか。」
「そうもしたんですが……」
母親は父親の方へ立って行った。
やはり服を脱がせるということも、一枚脱がせただけで、
体の温度を下げて、快適を得るまでには至っていなかったようなのだ。
小一時間ちかく泣いていた赤ちゃんは、それからしばらくしておとなしくなった。
水分も足りないかもしれない。
ぼくは、若い父と母の対応のしかたに限度の狭さを感じた。
開くドアが一番前だけなら、そこまで行けばいいではないか。
服も一時は裸にしてやってもいいではないか。
ぼくは昔、我が子が三歳頃のとき、
混み合って熱気むんむんの特急電車の中で、裸にしたことがある。
そのあとに、湧いてきた想いがあった。
窓も開かず、ドアも一番前だけ、
便利に安全にと、進歩している現代の生活環境は、
逆に人間を閉じ込め、自由から遠ざけているのではないか。
赤ちゃんという『自然』は、自然から隔絶した生活空間の異常さを、
敏感にストレートに訴えているのではないか。
現代の子どもに現われているたくさんの問題は、
本来の人間の生きていく環境から遠ざかっている社会や家庭、学校という「文化環境」から起こっているのだ。
自然から遠ざかれば遠ざかるほど、この異常問題は、激しくなってくる。


窓の開く列車を復活させてください。
ローカル列車の車窓から、ゆっくり景色を眺め、
すがすがしい外気を吸い、
途中停車した列車の窓から野の花の香りをかぎ、
虫の声を聞き、
山の端に上る月を眺め、
雪に触れ、
ます席に座った家族が、外の風景と交流しながら団欒する。
寒ければ閉め、暑ければ開け、
天然のなかを旅する、
そんなローカル列車を復活させてください。