[安曇野] 白樺


        白樺


白樺の木を一本買ってきて家の入り口近くに植えた。
まだ幼木で、背丈は3メートル近くあるけれど、
幹の太さはぼくの足の親指ほどだ。
ひょろっと伸びた白い幹の上部についた小さな葉っぱの、
風の吹くたびにひらひら揺れるのが、可憐だ。
ぼくはとおるたんびに眺めては、
新芽が伸びてくるのを観察し、
早く根付いて大きくなあれ、とささやいている。


初めて白樺を見たのは、高校生のとき、
担任の先生と友だち二人とで、
夏休み、剣岳に登ったときだった。
それから大学山岳部にはいって山に登るようになってから、
白樺への愛着はつのっていった。


最初の北アルプスの冬山は白馬岳だった。
晩秋に偵察登山をした。
紅葉の過ぎた栂池の林は寂として人の気配なく、
やがて来る冬を待つ白樺は孤高の白さだった。


冬の山、穂高五龍鹿島槍剣岳
吹雪に耐えてたつ白樺は、
白一色の世界にとけこみ、
従容として酷寒を受け容れていた。


白樺は植木になるような木ではない。
枝の張りも葉の茂りも少なく、
庭にあってもひっそり孤独だ。
白樺は山の木、
山にあってこそ生きる。
白樺は山にあってもいつも謙虚だ。


60年代、青年のぼくは仲間とともにヨーロッパからインドまでの旅に出た。
経由するモスクワ空港に降り立ったとき、
空港を取り巻き、遠く地平線までつづく森を見た。
細い縦じまの白線が帯のようにつづく、
白樺だった。
白樺は野に立つ木。
ロシア民謡に、
野に立つ白樺を歌った素朴な曲がある。
チャイコフスキーはたしかそのさびしい歌を、
シンフォニーに取り入れていた。
その楽章になると野に立つ一本の白樺が眼に浮かんだ。