子どもの周りに大人がいた


        外にいた大人


小学校二年生のときだったか。
母に言い付かって兄と二人で母の実家へ出かけた。
兄は二歳年上。
農業を営んでいた祖父母の家は、
国鉄の駅から田畑の中を十五分ほど歩いたところにあった。
駅舎もない小さな駅で蒸汽車を降りると、
村に続く道をまっすぐ歩く。
田んぼの畦に、大豆が実っていた。
祖父母の家で半日過ごしてから、
夕方帰途についたときのことだった。
駅までの道すがら、
ぼくは大豆の広い葉っぱを一枚取ると、
左手の親指と人差し指で丸をつくり、
その上に葉っぱを置いて真ん中をへこましてから、
右の手のひらでぱちんとたたいた。
大豆の葉っぱはパンと大きな音をたてた。
よくやる鉄砲遊びだった。
兄は祖母から言付かった風呂敷包みを抱えていた。
中に古着らしきものが入っていた。
全く気づかなかったのだが、背後に一人の男が立っており、
いきなりぼくの腕をつかむと兄の風呂敷を取り上げた。
恐ろしさのあまり、ぼくは大声で泣き出した。
そのとき、すぐ横の田んぼの中から農夫が一人立ち上がり、
じっとこちらを見た。
すると男は、
「大豆を盗んどったんや」
と農夫に弁解するように言うと、風呂敷の結び目を解いた。
風呂敷の中身が大したものでなかったからだろう。
そして農夫がずっと一部始終を見続けていたからだろう。
男はそれを放置して立ち去った。
農夫がぼくらを助けた。

かつての時代、
田畑や通りに人がいた。
家の外に人がいた。
今は建物のなかに人が閉じこもっている。
車はスピードを出して過ぎ去っていくだけ。


いつも道に子どもがいて、
いつも大人がいた。
意識もなしに子どもは人の視線に守られ、
子どもは大人の生活を見て育った。
今子どもはどんどん孤立し、
大人もどんどん孤立する。