庶民の暮らし

 

                  

 今住んでいる安曇野扇町地区公民館で、高齢者の集いが毎年行われる。コロナでここ数年中止になっていたが、今年は実施された。会の企画をしている高橋さんから、

 「吉田さん、中国での体験を話ししてくれますか」

という要望があったので、お話させてもらった。以下はその話。

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 青島の下町で2カ月暮らしたことがあります。日中技能者交流センターの活動でした。もう十数年以上も前のことです。

 宿舎は、ずいぶんくたびれた3階建てで、部屋の窓から、向かいの住宅に住む人たちの暮らしがよく見えました。晴れた日には、どの家も一斉に布団干しをします。お母ちゃんたちが洗濯物を干します。暑い日は、お父ちゃんが部屋の中で、裸で過ごしています。

 ぼくの生活は自炊でした。道路向かいに、庶民のスーパーがあり、食材はほとんどそこで買いました。売り場のお姉ちゃんと親しくなり、チンゲンサイを選んでいると、彼女は、そっと横に来てポリ袋を広げてくれます。豆腐屋のおばさんは、「豆腐一元」と言うと、包丁で、作り立てのまだ暖かい豆腐を切り取って、秤にかけてくれます。それが、ぴったし一元の量になるのです。「おみごと!」、感嘆の声を上げると、おばさんは、得意そうな顔で笑います。十分ほど歩けば巨大テント張りの市場があり、そこは朝から押すな押すなの賑わいで、生きている魚から乾物、雑貨、衣服、なんでもあり、石臼で豆を粉にして作っている豆腐屋もあります。トラックに、リンゴを積んできた農夫、ハミ瓜を満載してきた農夫たち。彼らはトラックを並べて売っています。西瓜、桃、ナシ、ものすごい迫力の直売です。青島では、どこでもビールが飲めます。おじちゃんが、ポリ袋に生ビールを液体のまま入れて、ブラブラ家に持ち帰っています。
 宿舎の前の小屋で、新聞売りのおじさんが店を出していました。数種類の新聞を台に並べています。とても気のいいおじさんで、椅子と床几を売り場の横に置き、話をしたい人が来ると、おじさんはそれを差し出します。人はそこに座っておじさんと話をするのです。女の子が座っている日、中年のおじさんが話している日、みんな何か相談事のような感じです。話を聞いてほしくなるとやってきて、おじさんと話をして、アドバイスしてもらい、笑顔で去っていきます。おじさんは、真剣に話を聴き、意見を言って、笑顔で送り出していました。あるとき、近くの学校の女子生徒と、彼女とつきあっていた男の子が、けんかになりました。男の子は女の子につっかかっていきます。それを見たおじさんは、店をほったらかして男の子に近づいていき、「女の子に対して何をするか」、といつもにない厳しい表情で言い聞かせていました。けんかは、それで収まりました。おじさんは、毎日朝6時に店を出し、夕方まで一日中そこにいて、人々を眺めて暮らしています。無愛想な人も、近づいていくと、親愛の情が通い始めます。

 朝、ぼくが学校へ出勤するときも、夕方帰ってきたときも、新聞売りのおじさんは、いつも愛敬のあるしぐさで、右手を上げて挨拶してくれました。 

 この街の公園には、昼間、おばさんたちが、犬を連れて集まってきて、ベンチのおしゃべりに花を咲かせます。犬はリードでつながない人が多く、それなのに犬たちはケンカしたり、吠えたり、どこかへ行ってしまうということはありませんでした。

 夕方、近くの広場に人が集まってきて、つくられた野外ステージで、社交ダンスが始まります。知らない人どうしても飛び入り歓迎、暗くなっても、わずかな街灯の下で、ぎっしり男女数十人が抱き合うように踊っていました。

 ぼくが日本に帰るとき、新聞売りのおじさんは悲しそうな顔で手を振ってくれました。近づかなければ決して湧いてこない心情です。

 人と人との距離、日本はどうだろうかと考えさせられる青島の暮らしでした。

 それからしばらくして、北京へ出講しました。宿舎は北京のはずれにありました。そこで驚嘆したのは、早朝から始まる公園の光景でした。夜が明け始めると、ぞくぞくと市民が集まってきて、公園のいたるところで、グループを作って、それぞれやりたい運動や活動を始めるのです。太極拳、ダンス、剣舞、弁論、合唱、ランニング、球技、瞑想‥‥、なんとすごい光景であることか、ぼくは毎朝、驚嘆しました。夏場だけだろうか、誰かが大声で指揮したりしているわけでもなく、自発的な活動のようなのです。ぼくは圧倒されていました。

 昼間、住宅地のあちこちの道際や庭で、マージャンをするおばさんたち、おじさんたちもよく見ます。

 中国は猛烈な勢いで発展をしました。今も、こういう光景は見られるのだろうか。ぼくの想いは、日本の現状にも向かいます。人と人との距離、交流、日本はどうだろう。日本の子どもたち、青年たち、大人たち。日本人の日常生活は内に向かい、他者との直接交流が少ない。限られています。

 人間社会は今後どうなっていくか。ぼくは日本の未来に危機感を覚えます。急激な発展をとげてきた中国も、現在は又異なる問題に突き当たっているだろう。

 今の日本、世界、人類、危機感をひしひしと覚えます。