明日香の棚田


     明日香の棚田


棚田のいいところがありませんか、
日本画を描いているIさんから電話があり、
それなら明日香ですと応えた。
じゃあ、一泊させてください、と言うから、
初めて明日香に来るIさんに、地図を書いてFAXで送った。


明日香の稲淵の棚田や、石舞台近辺をデッサンし、
夕方、日が沈むまで明日香にいて、
夜の7時過ぎにIさんはやってきた。


食事をしながら、絵の話をした。
他職に長くいて、
あらためて日本画を学びなおすために大学の通信制に入った。
卒業したときは四十歳前。
日本画を描きたいというのが、長年心にうごめいていたことだったから、
やっと念願の勉強に入ったことになる。
卒業制作も棚田の絵だった。
Iさんはその写真を見せてくれた。
少し高みから見下ろした幾重にも重なる棚田の曲線と、
朝日に反射する田の水の黄金色がすばらしい。
金粉をまいたという。


今日のデッサンを見せてほしい。
Iさんはスケッチブックを開いてくれた。
明日香の全景のスケッチもある。
左の丘が甘樫の丘、その向こうの小山が雷の丘、手前が明日香の村、
右の山は天の香具山かな。


稲淵の棚田には、今菜の花が美しい。
秋は彼岸花、春は菜の花。
大和の緑は色が違います、
やわらかい色です、
とIさんが言った。


ここ一週間ほどで、みるみる山や林の色は変わっている。
どっと芽が出て、淡い緑や薄紅色が山を彩ってきた。
命の噴出でも言いたい今日この頃だ。


Iさんは、農場で働きながら家族3人を養い、
絵の勉強をし、制作を続けている。
朝3時ごろ、家を出て農場へ行くのだという。
午後は自由になり、絵を描く。
院展に出して、入選を果たしたい、
それが今の目標で、
日本の原風景を自分のテーマにして描いていきたいと、
夢が膨らむ。
ぼくが、中国雲南の棚田やネパールの段々畑の話をすると、
言ってみたいなあ、とまた目標が増えたみたいだ。


今日、明日香で、金剛・葛城に落ちていく、
雲に隠れた夕陽が、光の帯を放射状に地上に下ろしました、
それは「天使のはしご」と言うんです、
それを見ることができましたよ。
Iさんはデジカメの写真を見せてくれた。


翌朝、朝日の明日香を見て帰ると言っていたIさんは、
四時半ごろ起きて帰っていった。
ぼくは寝床にいた。