(10)子どもに「お話」を


          読み聞かせ・口演童話・お話


国際フレンドの会の上田さんが、一冊の本をプレゼントしてくださった。
郷土に伝わる昔話・伝説を集めたもので、
21編のお話が載っている。


19年前、
地元の公民館で開かれていたストーリーテリング教室に参加して語りを学んだ人たちは、
「おはなしの会」を結成し、
保育所・幼稚園・小学校・病院・図書館・文化センターなどで、
「おはなしの配達」をしてこられた、
その活動のかたわら、郷土の昔話・伝説を収集、再話し、
この本になった。
本が完成したのは4年前。


この地に来て5年たち、
ここを去ろうとしている今、
このような活動がなされていたことを知った。
もっと早く知っておればと思う。


上田さんが朝8時に地元の小学校へ出かけ、
始業前の15分ほど、教室で子どもたちにお話をしていると聞いたのは、
中国から転入してきた一年生に、ぼくが日本語を教えに行ったときのことだった。
「おはなしの会」のメンバーたちは、
それぞれ分担して市の小学校へ出向き、
お話を届けているという。
子どもたちが、すこやかに育つことを願っての、
無償の活動だった。


子どもたちに、親がお話を聞かせる。
おじいちゃん、おばあちゃんが聞かせる。
近所のお兄ちゃんが聞かせる。
たぶん大昔からあった、
囲炉裏のはたで、
暖炉のそばで、
寝具の中で、
縁側で、
夕涼みの床几で、
遊びの中で。


教師が語りを学校教育の中に取り入れた、
その一人に故・金沢嘉市がいる。
愛知県蒲郡の出身で師範学校を出た金沢嘉市は、
東京の小学校に赴任し、
子どもたちの読書環境の貧しさに気づいた。
そして始めたのが「お話」だった。
最初に読んで聞かせたのが「クオレ」、
次つぎ読んでいくうちに金沢は、本を読んで聞かせるよりも、
自分がお話をする方が子どもたちをひきつけることに気づいた。
教室でお話をしていると、
他のクラスの子どもも集まってきて、廊下で聴き入っている。
金沢は、廊下の窓を開けて、話した。


やがて金沢嘉市は、「教室童話」「口演童話」で実績をあげていく。
金沢は、自分の少年時代の生活、いろんな人の伝記、
日本と世界の童話、児童文学などを口演するようになり、
全国で「口演童話・ストーリーテリング」の意義を説き、
その実演をやってみせた。


語りの術、
それは教師にとってきわめて重要な技であることを、
金沢嘉市は伝えた。


ぼくの小学生時代も、
心を惹きつけてやまなかった魅力ある教師は、
お話が上手で、お話が大好きな先生だった。
話芸の名人、故・徳川夢声の講演会を聞いたことがある。
絶妙な語りの、
間のとり方、呼吸、急がずじっくりと語る夢声の話芸に、
聞き手は耳をそばだてていた。