戦争の歴史を詠った詩人

 

 「日本反戦詩集」(1972年出版 太平出版)という書がある。

 明治維新から後、日清戦争日露戦争第一次世界大戦では、日本は勝利者の側に立った。そして第二次世界大戦では、激烈にして無謀な侵略戦争を行い、その結果、惨憺たる敗戦となった。この明治以後の戦争の歴史を詩に詠った人たちがいた。「日本反戦詩集」は、それらを集めたものである。そのなかにこんな詩があった。

 

      君は行ってしまった 

                      植村 諦

       

 君は行ってしまったきりだ

 君は再び帰って来なかった                     

 敗戦二年の今日になって

 君が戦死したと政府が公報したって

 そんなことを誰が信ずるものか

 君は行ってしまったのだ

 シベリアの広野をどんどん越えて 北極圏の彼方へ

 熱帯のジャングルをかきわけて 赤道の彼方へ

 歯のすり減った口を開けて

 ニコニコ笑いながら行ってしまったのだ

 

 戦う意志のない君に 敵のあろうはずがない

 流れ弾が君の肉体を貫くと

 なんだ ひでえことしやがると

 君はその弾をポケットに入れ 

 どしどし歩いて行ってしまったのだ

 

 おおい こっちだよ われわれが呼べば

 いやまあ 行くところまで行ってみるよ

 民主主義だの 共産主義だの 無政府主義だのって

 何もありゃあしないじゃないか 

 日本中が捕虜じゃないか

 自由なんて どこにあるんだい

 そう言いながら君は 

    歩きながら一心に考え

    綿密な計画を立てている男だ

 

 出ていく日

 君は 命をかけて守ってきた組合の黒旗を取り出し

 もう当分これを立てることもあるまいから

 腹巻にして 巻いていくよ

 あったかくていいや

 その時の君の明るい笑い声

 苦難も 憤激も 隠忍も

 ただ笑いで表現する君だった

 あのきびしい弾圧の中で 

    秘密な困難な仕事を計画しているときも

    計画が無残に破れて

    君と牢屋の廊下で会った時も

    いつもニコニコ笑っていた

    邪気のない 子どものような あどけない笑い顔

    懲役 徴用 徴兵 三チョウそろった

    この後には何が来るかな

    そう言って君は行ってしまった

    人一倍子ぼんのうで やさしい夫で

    愛情も 憎悪も 憤激も

    ただ笑いで表現しながら

    絶対無のかなたへ 行ってしまった

    ‥‥