最後の武蔵野

 先日、ベトナムの青年たちが、日本語学習の時間になっても公民館にやってこないから、今日は気温が厳しく寒すぎて敬遠したか、それとも残業で遅くなっているのか、とか思いながら、待っている間に、電灯の点いていない薄暗いロビーの棚に置いてある本を手にとってみた。教室に戻って、見ると坂村真民の詩集だった。
 「詩集 朴」。真民はタンポポと朴(ほお)の木が好きだった。
 そのなかを読んでいくと、一つの詩に思いがけないことが書いてあった。「わたしを待っていたもの」というタイトルの詩で、


      タンポポやうぐいすが
      わたしを待っていたといったら
      今の人びとは笑うであろう
      わたしがどんなに説明しても
      この気持ちを理解してはくれぬであろう
      そうした単純な時代は去ったのだ
      そうした原始の感情は失われたのだ
      それを嘆いたとてどうなろうぞ
      わたしはひとりだまっているよりほかはない


      皇居内にはまだかつての武蔵野の土が残っていた
      そこにはわたしだけにわかる言葉が
      いまだにささやかれていた
      だからタンポポによびかけられたといっても
      何の不思議もない世界であった
      わたしはもう恋人にささやかれる年齢ではない
      自然との縁はちかくなってゆくが
      人間との縁はとおざかってゆきつつある


      皇居内に
      できるものなら入ってみたいという
      わたしの念願は
      まだ荒らされない
      かつての武蔵野のしんの姿を見たいという
      わたしの恋のあらわれである
      その恋がとうとうとげられたのだ
      そこには純真可憐な乙女の
      情熱の象徴ともいってよいタンポポたちが
      わたしを待っていた
      その花々がわたしを呼び
      わたしをここに連れこんだといってもよかろう
      それほど美しくまぶしく咲いていた

       ‥‥
      一歩ここを出ると
      機械と人間とが
      戦争のようにうごめいているが
      ここだけは
      鳥と花と
      太陽と土と
      水と空気と
      木と草とが
      昔ながらにとけあって
      日本の姿を残していた
      タンポポに迎えられてわたしは門を入り
      タンポポに送られてわたしは門を出た

 
 皇居内に昔の武蔵野が残っている。これは驚きだった。都心のなかで唯一開発をまぬかれてきたところが皇居なのだ。
 坂村真民は仏教詩人とも言われる。鎌倉時代の一遍は、信濃の国善光寺で感得して阿弥陀信仰に入り、諸国をめぐる遊行上人になった。坂村真民はその生き方に共感し、癒しの詩を書いた。
 真民は1934年25歳のとき朝鮮に渡り、教師をし、短歌に傾倒した。戦争が終わった翌年1946年、愛媛県に引き上げ、国語教師として教鞭をとりつつ詩作に従事した。

         渾名(あだな)の詩

      ぼくは最初
      ベートーヴェンという
      あだ名をもらった
      あのころはもっと
      髪をたらしていて
      汽車に乗ると
      よく移動警察にやられた


      やがて戦争となり
      第二乙のぼくまで
      赤紙が来て
      おとめたちに送られて出たが
      無事帰ることができたので
      ベートーヴェン
      「運命」を土産として
      彼女らにお礼を言った


      それから男の学校に転じ
      そこでは風流先生の
      あだ名をくれた
      ずいぶん田舎からきている
      朝鮮生徒たちだったが
      無心で一途で
      美を愛する者が多かった
      朝鮮独立運動の盛んな所で
      ぼくの学校からも
      多数検挙され
      ぼくは親代わりとなって
      引き取りにいき
      暗い扉の前で
      あい擁して泣いた


      それから敗戦
      みじめな姿で
      九州に帰り
      更に四国へ渡り
      ゲーテという
      あだ名をつけられた


      思えばあのころのぼくは
      ゲーテを口にしては
      敗戦のけがれを洗い落とし
      立ち上がる勇気を
      彼に求めていたのだ


      ことしも正月が来て
      また年を重ねたが
      もうあだ名をつける生徒もなく
      彼らはやれ進学だ
      やれ就職だと追い回され
      ある者は男女共学の
      ふんいきのなかで
      教師の存在さえ無視している
      慶祝
      呵呵
      慶祝

 ベトナム人のトー君とドアン君は30分ほど遅れてやってきた。残業で、急いで御飯をかきこんできたのだった。日本の寒さに負けず、いつも笑顔が美しい。