「戦争」金子光晴

 

 

    日本が国をあげて戦争に、はまりこんでいたとき、詩人の金子光晴は醒めていた。

 

 

  君よ、

  ここにあるのは、もはや風景ではない

  それは要塞

  一そよぎの草も

  動員されているのだ

  地を這う虫にも

  死と破滅が言い渡される‥‥

 

  旗のなびく方へ

  寂しさが銃をかつがせ

  母や妻をふりすてて 出発したのだ

  誰も彼も 区別はない

        死ねばいいと教えられたのだ‥‥

 

  日に日に 悲しげになっていく人々の表情から

  国をかたむけた 民族の運命の

  これほどさしせまった 深い寂しさを 

        僕はまだ見たことがなかったのだ

  しかし もうどうでもいい

  僕の寂しさは 

  一人踏みとどまって 寂しさの根源を突き止めようとして

  世界と一緒に歩いてきた たった一人の意欲も

  僕のまわりに感じられない 

       そのことだけなのだ