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矢須子が「おじさん」と叫んで、何かにつまずいて前のめりになった。煙が散るのを待って見ると、死んだ赤ん坊を抱きしめた死体であった。ぼくは先頭に立って、黒いものには細心の注意を払いながら進んだ。それでも何回か死人につまずいたり、熱いアスファルトに手をついたりした。一度、半焼死体にぼくの靴が引っかかって、足の骨や腰骨などが三尺四方にも四尺四方にも散った時、ぼくは不覚にも「きゃあっ」と悲鳴を上げ、立ちすくんでしまった。
熱気で軟らかくなったアスファルトは、靴の底に密着し、容易に足を運べない。靴の紐を締め直しても靴が脱げ、一刻も一秒も惜しい最中、靴を履くのに時間が食われてぼくはいらいらした。煙と熱気で息苦しくてたまらない。矢須子が息苦しくて金切声をあげた。
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ぼくは相生橋を渡るため堤防を川下に向かって行った。堤防下の草むらに無数の死体が転がっていた。川の中にも、次から次に流れていた。ぐるりと一回りして、むっくり顔を上げるもの、水に揺さぶられ、ふんわり半身を水面に現す者 、生きているのではないかと思われるものがあった。
堤防の上に、一人の女が死んでいるのが見えた。矢須子が後戻りして泣き出した。近づいて見ると、三歳ぐらいの女の子が、死体のワンピースの胸を開いて乳房をいじっている。ぼくらが近づくと、両の乳をしっかり握り、ぼくらを見て、不安そうな顔つきをした。
どうするすべもないではないか。ぼくは死体の足の方をそっと越えて行った。十メートルほど行くとそこにも四、五人の女の死体が草むらに転がって、死体の間に五、六歳の男の子がうずくまっていた。